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稚内不時着陸場跡地 [├国内の空港、飛行場]

   (未訪問)  



無題6.png
撮影年月日1947/09/02(USA M456 17) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)

北海道稚内市 稚内空港の西約7.3km、稚内水上機基地跡地の西北西約4.5kmの宗谷湾沿いに、

昭和15年当時、稚内町役場所管の「稚内不時着陸場」がありました。

防衛研究所収蔵資料:「航空路資料 第11 北海道地方飛行場及不時着陸場 昭和16年(1941年)3月刊行 水路部」

の中に、当不時着陸場についての資料がありました。

以下引用させて頂きます。


稚内不時着陸場(昭和15年8月調)
宗谷郡稚内町大字稚内村字ウエンナイ(稚内駅の東方約2.5粁)

所管 稚内町役場
着陸場の状況
高さ 平均水面上約4米。
広さ及現状 此の付近一帯は沙地にして海岸波打際内方と道路との中間地
区は細長き平坦地を成し着陸に利用に得即ち着陸可能区域は概ね図示の如く長
さ約670米、幅約200米の東西方向に細長き地区なり(付図参照)。
地表の土質 沙地。
地面の状況 着陸可能区域は海岸波打際より南方約200米道路に至る地域
にして全面に雑草密生す・着陸区域の中央は東西方向より稍隆起しあるも地表
は概ね平坦且堅硬地にして海岸に向い緩除なる下り傾斜あり・沙地なるを以て
排水概ね良好なり・夏季炎天続きの際及降雨の際にも地面に影響なし。
場内の障碍物 着陸区域内にはなし。
適当なる着陸方向 海岸線に平行。
離着陸上注意すべき点 南側道路に沿い東西方向に走る電線あり又区域の
中央稍隆起しあり且夏季雑草繁茂す離着陸の際注意を要す。

周囲の状況
海岸 本場は宗谷潟岸に在り付近海岸は一帯に沙浜にして潮汐干満の差少
く岸線の屈曲極めて乏し。
丘陵 本場の東西海岸付近は坦々たる草原をなし樹木絶無にして内方は数
里に亘る「サラキトマナイ」原野開け、之の原野は丘陵地にして海岸迄迫りあ
り尚西方遥かに離島利尻山(1719)を望む。
河川 場の東側に「ウエンナイ」川の河口開き西方宗谷本線に沿い「エム
コマナイ」川あり、「ウエンナイ」村落は其の河口に在り・場の南西方に「ウ
エンナイ」橋、南東方に海門橋の木橋あり・場の南東方約4粁に「ツユブント
ー」河(大沼)あり。
市街 本着陸場の北西方約3粁に稚内町あり、宗谷本線の終点且本島と樺
太との唯一の連絡港にして現在稚内大泊、稚内本斗間の海上便あり。
電線 場の南側稚内町至聲問間の道路に沿い其の両側に東西に架する高さ
約7米の電線あり。
着目標 利尻山、稚内港、宗谷本線、稚内旭川線道路(国道)「シュブン
トー」沼。

地方の状況
軍隊 稚内海軍通信隊(稚内町)西方約2粁。
警察署 稚内警察署(稚内本通)北西方約4粁。
支廳及役場 宗谷支庁(稚内町本通)北西方約4粁・稚内町役場(稚内町)
北西方約4粁。
醫療 衛生状態概して良好ナルモ設備充分ならずと言う・稚内町に社会事
業協会病院、中沢病院其の他医院3あり。
宿舎 稚内町に旅館約14(収容員数計約300)、「ホテル」1(収容員数計約
50)あり。
清水 付近民家に水質良好水量豊富なる井水あり・稚内町に於いては其の北
方「トベンナト」河の河水を採り水道を設備し町内に給水す。
応急修理 稚内町に辻鉄工場あり応急修理程度ならば可能。
航空需品 稚内町にては「ガソリン」等の補給困難なり。

交通運輸及通信
鐡道 南稚内駅(北見線)西方約3粁・北見線は頓別方面を経て音威子府
に至り、宗谷線は兜沼、幌延方面を経て音威子府より旭川に至る。
乗合自動車 宗谷行乗合自動車の便あり、最寄り停車場は稚内町(随所停車)
・冬期間は声問と宗谷岬との間の交通は馬橇に依る。
道路 場の南側に稚内、旭川線と稱する稚内町より声問に至る坦々たる国
道あり、場の西端付近より之と直行し南方に至る稚内札幌線と称する道路あり
共に自動車類の運航可能なり。
港湾 本場の北西方約3粁に稚内港あり、宗谷湾の西浜に位し港内広闊大
形船舶の碇泊に差支なきも現在錨地の大部分は北風に露開し且底質軟岩にして
錨掻良好ならざるを以て冬期北風強吹する時又は荒天時には安全ならず・当港
付近は暗岩淺堆等の障碍なきも水深一様ならず・本港は北海道、樺太間連絡上
重要なる地点にして鐡道省経営の稚泊連絡、北日本汽船会社の稚斗連絡に據る
外更に本港を中心とする利尻禮文、小樽其の他近海各航路間に道庁命令航路あ
り海上交通は万全を期され港湾設備の充實と相俟て躍進の一途に在り・本港に
滑走台、物揚装置、燃料庫を設置せば水上機基地として最適なり、現在の施設
に於いても北海道北部、厚岸小樽以北唯一の基地たり得る地にして航空基地とし
て重要なるものと認む・昭和4年8月海軍飛行艇此地に安全に着水せりと言う。
電信及電話 稚内海軍通信隊(稚内町)西方約2粁・稚内町寳来通に鐡道
省所管の稚内無線電信所あり、鉄道省の連絡船に對する公私の電報を取扱う外
樺太各地に至る一般電報を取扱う・稚内郵便局(稚内町本通)北西方約4粁、
電信及電話を取扱う。

気象
測候所 稚内測候所(稚内町)北西方約4粁・高層気象の観測をなさず。
気温及地方風 本場は本島北端に在るも沿岸一帯を長るる暖流の為気温緩
和せられ比較的高温にして1年平均温度14度なり・恒風は10月至翌年4月迄
は西風にして5-9月間は東風なり・昭和7年至同11年5箇年間統計次の如
し。(以下各月ごとの最多風向、平均風速データ。省略)
天候 降雪期は12月上旬より翌年3月下旬迄にして積雪量約1米内外約
4箇月の積雪を通例とす・濃霧期間は4月中旬より8月上旬迄とす、霧は概し
て淡霧多く濃霧は6月上旬より7月下旬迄とす・結氷は1月より3月至にる間


「医療設備十分ならず」「冬季の交通は馬そり」「町内でガソリン等補給困難」「樺太航路」

これは飽くまで不時着陸場についての資料なんですが、

昭和15年当時の稚内がどんなだったか、垣間見せてくれますね。

昭和15年当時の稚内は、北海道と樺太を結ぶ唯一の航路がある重要な港だったのですね。

冬期は時化て入出港も大変でしょうし、

「町内に旅館14、ホテル1」というのは、このためでしょうか。


港湾の項目には、稚内港について、

「本港に滑走台、物揚装置、燃料庫を設置せば水上機基地として最適なり、現在の施設に於いても北海道北部、厚岸小樽以北唯一の基地たり得る地にして航空基地として重要なるものと認む」

とあります。

稚内港に水上機基地を、という提言ですね。

この冊子を刊行した水路部は日本海軍の一機関な訳ですが、

この提言が何某かの影響を及ぼしたかどうか不明ながら、

この資料が刊行されたのが1941年で、それから2年後の1943年、稚内港からは7.5km程離れているんですが、

大沼に海軍の「稚内水上機基地」が完成します。



     北海道・稚内不時着陸場跡地         


稚内不時着陸場 データ
設置管理者:稚内町役場
空港種別:不時着陸場
所在地:北海道宗谷郡稚内町大字稚内村字ウエンナイ(現・稚内市潮見5丁目)
座 標:N45°23′44″E141°42′35″
標 高:4m
滑走路:670mx200m
方 位:09/27
(座標はグーグルアースから)

沿革
1929年 8月、海軍飛行艇が稚内港に着水
1940年 この頃、当不時着陸場があった
1943年 大沼に稚内水上機基地完成 

この記事の資料:
防衛研究所収蔵資料:航空路資料 第11 北海道地方飛行場及不時着陸場 昭和16年(1941年)3月刊行 水路部

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