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■ヒコーキの雑談・リスト■  [├雑談]

2005年
空港がいっぱい (全国に空港、飛行場はいっぱいあるという話)
飛行場の跡地  (オイラの地元の飛行場跡地の話)
ボーイング王国日本(今後日本がボーイング王国になってしまうという話)
太平洋無着陸横断への挑戦(挑戦の様子を年表形式でまとめたような話)
岩手県・花巻空港(旧ターミナル運用当時
)(国道のすぐわきに空港があった話)    
3レターコード
  (3レターについての話)
飛行機の燃費節約(ヒコーキ流燃料節約術の話)
さようなら YS-11(YSについての話)

2006年
エコノミー席での背もたれ倒し(エコノミーで背もたれを倒すのはやめませんか?という話)
災害とヒコーキ (新潟中越地震とヒコーキの話)
一ヒコーキ好きの嘆き(ヒコーキマニアの自虐ネタの話)
日航機ニアミス判決(判決についての話)
ヒコーキはなぜ飛ぶか・1(空気はスゲー重いという話)
ヒコーキはなぜ飛ぶか・2(ヒコーキはスゲー軽いという話)
あなたもパイロットになれますか?(人を陥れる話)
ベルヌーイvsニュートン・1(ベルヌーイで世界中が納得しているかと思ったら大間違いという話)
ベルヌーイvsニュートン・2(ベルヌーイの疑問点の話)
ベルヌーイvsニュートン・3(それぞれの言い分の話)
乗客が全員力士だったら(それでもヒコーキは飛ぶか?という話)
大西飛行場のその後(大西さんの夢はまだまだ続いているという話)
戦闘妖精雪風・DVD(雪風カッコイイイイイ!という話)
「機長、コーヒーです」(自衛隊関係者の皆様、ゴメンなさいという話)
気をつけなくっちゃ(マスメディアのヒコーキ話には結構ツッコミどころが多いという話)
本当の幸せとは(パイロットもいろいろ大変。という話)
YS-11企画展@所沢航空発祥記念館(YSイベントの話)
鳥人間コンテスト(同コンテストについての妄想記事)
UFO(UFOの正体にするどく迫った記事・笑)
A380の翼面荷重(A380の翼面荷重を他機といろいろ比較してみた話)
ヒコーキ雲(ヒコーキ雲ができる条件の話)
羽田空港の駐車場(P1,P2)(P1,P2の利用法の話)

2007年
ぼくは航空管制官(について熱く語った話)
ぼくは航空管制官2(同上)
空港ランキング(ビューベスト5)(今まで見た中で、眺めのよい空港の話)
空港ランキング(マニア度 ベスト5)(今まで見た中でマニアックだった空港の話)
空港ランキング(家族でドライブ ベスト5)(今まで見た中でドライブにお勧めな空港の話)
ボン社事故(Q400胴体着陸関連の妄想記事)
ヒコーキ好きにとって魅力的な空港(オイラ的魅力的な空港)      
新石垣空港建設計画
(建設決定 という話)      
ホンダエアポート/飛行船
(ホンダエアポートで飛行船を見学した話)      
石垣空港の跡地利用
(地元の方の懸念の話)      
PAN AM Tシャツ
(もらって嬉しかった話)
新潟空港阿賀野川側からの撮影情報
(解放して欲しい話)     
B787・1 開発開始までの迷走
(開発までを時系列で並べてみた話)      
B787・2 開発開始
(ロールアウトまでを時系列で並べてみた話)       
4レターコードの ”とり説”(改訂版)・1
(4レターの法則についての妄想話)
4レターコードの”とり説”(改訂版)・2(4レターの法則についての妄想話・2)
那覇~下地島 運休(エアトランセがコケてしまった話)     
ブログ紹介
(すごいお方のブログ紹介の話)     
波照間路線の今後
(エアードルフィンさん、引き継いでくれるの? という話)
名古屋空港事故(F-2事故の話)      
いわて花巻空港の展示物
(気になっていたものを確認した話)       
波照間路線の今後・2
(エアードルフィンさん、ありがとう!!という話)
妄想ドライバーの日々(運転中、パイロットになりきってる人の話)
波照間路線の今後・3(RAC波照間便廃止、という話)

2008年
交通機関とエコ その1(三乗の法則のちょっとおさらいの話)
交通機関とエコ その2(まずは船にダメ出しする話)
交通機関とエコ その3(列車にダメ出しする話)
交通機関とエコ その4(ヒコーキにダメ出しする話)
交通機関とエコ その5(鉄道活用の話)
岐阜県・各務原(各務原すげー!という話)
静岡空港(開港前)
(開港前に見に行った話)
羽田空港
(鶴丸ゲットした話)
ぼくは航空管制官3(ぼく菅3 出たよ!という話)
運休、廃止(福島空港、佐渡便の話)
ふくスカ桃祭り 2008・1(カンクリさんに会った話)
ふくスカ桃祭り 2008・2(室屋さんを見た話)
新サービス?(ここはドコ?という話)
ふくスカ・1(リンゴ祭り・午前の話)
ふくスカ・2(リンゴ祭り・午後の話)
旭伸航空(見納めの話)
映画 ハッピーフライト(珍しく映画の話)

2009年
空港探索について・1(ブログの路線変更の話)
空港探索について・2(優先順位の話)
バードストライク、FOD・1(用語の薀蓄話)
バードストライク、FOD・2(エンジンに金網張れない話)
バードストライク、FOD・3(鳥を追い払う苦労話)
バードストライク、FOD・4(エンジンの話)
バードストライク、FOD・5(またエンジンの話)
バードストライク、FOD・6(安心させる話)
787情報(787進捗情報の話) 
B787・3 ロールアウト以降のつまずき (ロールアウト以降の時系列の話)
787関連 衝撃の人事発表(恒例のお騒がせ話)
B787・4 概要(787スペックなどの話) 
Hotelicopter(壮大なスケールのエイプリルフール話) 
続・Hotelicopter(なんでこんなに壮大なことしたかの話)
羽田おきてん(羽田空港の変遷の話)       
アンケートのお願い
(メーカー、機種の人気投票の話)    
B787 6月にテストフライト  か?
(見事に裏切られた話)   
アンケートの結果です
(そのまんま結果発表の話)  
戦争遺構(なんで跡地を回っているのか、の話)     
ファーストクラスの世界・1
(行きの話)    
ファーストクラスの世界・2(戻りの話)   
ファーストクラスの世界・3(38,000円!!!! の話) 
787 エンジンテスト(787のエンジンの話) 
787 中間ガントレットテスト終了(初飛行の期待が高まっていた話)    
羽田D滑走路工事
(D滑走路を見学した話)  
羽田再拡張
(あちこち工事してる話) 
787初飛行延期
(トラブル発生!!! の話)  
東武小泉線物語
(小泉線変遷の話) 
東武小泉線西小泉駅
(西小泉駅周辺の話)      
熊谷~大幡・前編
(熊谷駅から歩いてみた話)  
熊谷~大幡・後編
(続きの話)   
787 いつになったら飛ぶの?
(豚よりは速く飛んで欲しい話)      
787 新スケジュール発表される
(今度は大丈夫??? という話)      
JALのこと・1
(コストをLCCと比較してみる話)     
JALのこと・2 安全確保
(整備費以外を削って欲しい話)    
JALのこと・3 日本の空にLCC
(LCCの運賃にビックリの話)    
Amazing Jumbo Landing!
(ヒコーキ動画の話)       
北方領土の飛行場
(上から丸見えの話)       
九州へ行った話
(社長に謁見した話)    
室谷さん@会津塩川バルーンフェスティバル2009
(ご家族の会話が面白かった話)      
それがマニア・1
(マニアの心理に鋭く迫った話 かな??)    
沈まぬ太陽
(JALに頑張って欲しい話)      
それがマニア・2
(自己診断の話)    
ヒコーキ版・今年の重大ニュース(アンケートのお願い)
(そのまんま今年の重大ニュースの話)    
ヒコーキ版・来年の重大ニュース(アンケートのお願い)
(来年に何に興味ある?? の話)     
787ファーストフライト スケジュール発表
(予定通り飛んでおくれ~ という話)   
787ファーストフライト
(やっと飛んだ話)    
B787・5 初飛行までの経緯
(初飛行までを時系列に並べた話)     
ヒコーキ版・今年の重大ニュース 結果発表
(投票ありがとうございました という話)    

2010年
ヒコーキ版・今年気になるランキング(こちらもご協力ありがとうございました という話)   
佐賀空港のYS-11再び!! (またワイエスが見られるようになる。という話)    
羽田・1
(羽田空港を見学して来た話)       
羽田・2(続きの話)      
787は今年中にデリバリーできるのか?
(についてアンケートお願いの話)       
どの路線にデビューする? 787
(についてアンケートお願いの話)       
航空自由化と離島路線
(小難しい話)
鴨池飛行場(鹿児島のこういちさんからいただいた当時の貴重な情報とお写真の話)
モヒカンジェット(やっとモヒカンをゲットできた話)
ツェッペリンNT号 事業停止(飛行船の話)  
ヒコーキ二題(ヒコーキの話ふたつ)
717の話(そのまんま717の話)
787デリバリー またまた遅延(また遅れてしまった話)
LCCの話(そのまんまLCCの話)
成田空港の運用時間は何時間?(成田の運用時間は短い。という話)
羽田見学(国際線ターミナル見学の話)
ハブ空港・1 国内線ここまでの話(国内線のここまで話)
ハブ空港・2 「ハブ空港」=「大空港」?(ハブ空港の話)
「ハブ空港」・3 日本と「ハブ空港」(ハブでいろいろ妄想する話)

2011年
787デリバリー 新スケジュール発表
(2011年第3四半期(7~9月)だそうですよという話
ハブとメーカー
(787と380の話)
「オペレーション・スターシップ」(エイプリル・フールネタ)
Q:どの位燃やされる?(久々の三択クイズ)
6周年(どうもありがとうございます)
A:どの位燃やされる?(三択クイズの続き)
B787、日本初飛来決定!(そのまんまの話)
二宮忠八とライト兄弟・1(思いつくままにいろいろ書いた話)
二宮忠八とライト兄弟・2(上に同じ)
ビードル号記念飛行(帰ってきたビードル号の話)    
787とウインドウォッシャー
(ついた話)
B787・6 デリバリー開始までの経緯(シリーズ完結の話)
787就航
(おろ・おろしさんおめでとうございます。という話)
日本とダグラス旅客機(ダグラス大好き~という話)

2012年
ヒコーキの前後バランスの話
(ウエバラの話)
エンジン位置の話(意外といろいろ差が出る。という話)
HondaJet・1 年表(実は先の二つの記事は前フリだった話)
HondaJet・2 MH02(元祖HondaJetの話)
飛行場の場所を教えてくださいm(_ _)m(他力本願な話)
日本のジェットエンジン開発(エンジン開発の皆さん、頑張ってください!という話)
HondaJet・3 エンジン開発(実は前記事は前フリだった話)
翼の取り付け位置の話(いろんな事情の話)
HondaJet・4 OTWEM(「主翼上面エンジン配置」の話)
HondaJet・5 翼型(「自然層流翼型」の話)
沖縄の飛行場の変遷(沖縄にはたくさん飛行場があった話)
787の近況(大急ぎで作らないといけない話)
米国にエアバスの工場(受注競争に与える影響を心配する話)
秘匿飛行場
(本当にここだったのかしらん。という話)
HondaJet・6 機体の特徴など(シリーズ完結。という話)
787デリバリー1周年(次の1年で何機デリバリーできるかという話)
岩国錦帯橋空港(べっ、別に偶然開港前にたまたま前を通りかかっただけなんだからねっ! という話)

2013年
787運行停止
(今のうちに膿を出し切って欲しい話)
787運行停止・その2(トラブルまとめの話)
787運行停止・その3(バッテリーの話)
787運行停止・その4(大人の事情の話)
A350XWB の近況(後発の利点を最大限活かしてる話)
枕崎空港廃止(寂しい話)
神風号亜欧連絡飛行・1(出発までの話)
神風号亜欧連絡飛行・2(その後の話)
787運行再開(やっと再開した話)
"重い"787(実は重かった。という話)
飛行の中の非日常(ヒコーキが怖くなる話)
八丈島の飛行場・補足(米軍もよくやるよ。。。という話)
787デリバリー2周年(OILMANさんおめどうございます。という話)
「君子は未然に防ぎ、嫌疑の間に處らず。瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず」(防空識別圏の話)

2014年
福島空港とウルトラマン(福島空港を応援する話)
とり日記(ムック本に載った話)
広島ヘリポートのレターコード(ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。という話)
ANAの787(データ拾うのにすんごい苦労した割に地味な話)
桶川飛行場の「弾薬庫」のこと(奉安殿?? という話)
内閣中央航空研究所のこと(どんな研究所?? という話)
福岡第一飛行場
(離陸待機の話)
787デリバリー 3周年(いろいろ妄想が広がった話)
MRJ・1(祝・MRJロールアウト という話)
MRJ・2(続きの話)

2015年
ヒコーキネタ(ヒコーキネタいろいろの話)
HondaJet ワールドツアー@岡南飛行場
(おろ・おろしさん ありがとうございます!! という話)
伊良部大橋開通(やっと開通したけれど…という話)
オバーの歌(不思議な歌の話)
御宿と銚子のVOR廃止(コース変更の話)  
祝! MRJ 初飛行(この先も頑張って欲しい話)   
根岸氏と水産試験場のこと(疑惑の話)   
Honda Jet デリバリー開始(\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/)   
続・根岸氏と水産試験場のこと(やっぱりそうだったっぽい話)  

2016年 
ANA、A380発注正式発表(ANAは別にA380の運航がしたい訳じゃないような気がする話)
セントレア二題(順調にすすむのかしらん。という話)  
磯子埋立地 1,500mのナゾ(いろいろ妄想した話)   
ボーイングのデリバリー数(もうすぐ500!という話)  

2017年
国交省、完全自動化旅客機導入の方針(エイプリルフールネタ)
ボーイング、自動操縦ジェット旅客機の関連技術試験実施へ(うわの空)
朝鮮強化月間開催(しますよ!という話)
韓国、北朝鮮の飛行場(済州島に行きたくなった話)
朝鮮強化月間終了(終わりましたよ!という話)
那覇空港第二滑走路(何のために造ったのか分からなくなる話)  
松本空港展望デッキ(見学には辛い時代の話)  
せとうちホールディングス(ノウハウを国内に持ち込むつもりなのかしらん。という話)  
那覇空港・1(アップまで2カ月かかったけど、結局どうすればいいか分からない話の始まり)  
那覇空港・2(更によく分からなくなる話)
那覇空港・3(ますますよく分からなくなる話)
那覇空港・4(分からないまま終わる話)  
横田空域と羽田新ルート(これもよく分からない話)  
伊丹空港の展望デッキも。。。(見学には辛い時代の話2)

2018年
羽田空港ボーディングステーション供用開始(一度利用して見たい話)
ホンダジェット(世界地図色塗りがすげー大変だった話)
ボーイングとエンブラエル提携へ(この記事が実現するには幾つも奇跡が必要な話)
MRJデリバリー前倒しなるか(ちょっといい話)  
軽井沢の飛行場について(意外といっぱいあった話) 
SkyVectorのチャートのこと(同上の話) 
中国、2035年までに空港数をほぼ倍増へ(世界の本〇みたいな話) 


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中国、2035年までに空港数をほぼ倍増へ [├雑談]

ロイター2018年12月11日付ネット記事に

「中国、2035年までに空港数をほぼ倍増へ=航空当局」という記事が載りました。

「中国の空港」といえば、

広州白雲国際空港、上海浦東国際空港、そして羽田を凌ぐ世界第2位の利用者数を誇る北京首都国際空港、

2019年開港予定で世界最大級の北京大興国際空港と、

大きなものから小さなものまで、それこそ星の数のように空港があるんだろうなあ。と思っていたんですが、

記事によりますと、2018年10月末現在の中国の民間空港数は234で、

これを2035年までに国内空港数を現在のほぼ倍に当たる450に増やす方針なんだそうです。


どこまでを"空港"としてカウントするか。

という定義の問題があるので、厳密な比較は難しいんですが、

一応日本には約100、そしてアメリカには約2,000の空港があります。

中国の面積、人口からすると、

とっくに数千の空港があるのだと思っていたので、これは非常に意外でした。

こと空港に関しては「まだまだ伸びしろが大きい分野」ということのようですね。


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SkyVectorのチャートのこと [├雑談]

突然ですが、現在オイラはSkyVectorのチャートで飛行場を探しているんですね。

で、少し前に気がついたんですが、このチャートには「簡易版」とか「詳細版」とか(正式な名称不明)

みたいなバージョンが存在するのです。


無題d.png
どんどん引いていくと、世界中網羅するチャート


無題e.png
北米版


無題f.png
アンカレッジ周辺版

で、オイラは「簡易版」で飛行場を探していたため、

小さい飛行場だったり、飛行場の密度が高い地区では、

抜けが発生していることに今更ながら気が付いたのでしたつД`)・゚・。・゚゚・*:.。

それでオイラは今一「詳細版」で東経170°に戻って、最初から見返すことにしたのでした。

ということで、次の記事は、ロシア国境のヘリポートです。

本当はヘリポートは記事にしないんですが、ここは場所的にせっかくなので。

因みに、前記事の「グースベイ空港」からは、1,074km離れてます\(^o^)/

オイラは一体いつ頃アンカレッジに戻れるんでしょうか。。。

やり直す。ということはオイラが知っていれば十分なので、本当は記事にするつもりはなかったんですが、

ずっと見て下さっている方がもしいらっしゃれば、ずっとアンカレッジ周辺が続いていたのに、

いきなりロシア国境の島に飛ぶと不思議に思われるかもしれないと思い、告知してみました。

ではまたいつか、アンカレッジでお会いしましょう(違)

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軽井沢の飛行場について [├雑談]



今でこそ「お洒落な高原リゾート」というイメージの軽井沢ですが、

軽井沢には戦前から戦後にかけて幾つもの飛行場が存在していました。

時系列で挙げますと、

①1925年に建設の始まった二十間道路西側の軽井沢飛行場(マップの赤ヒコーキ。後に米軍が再整備して使用)
②戦後、米軍が建設した旧軽井沢ゴルフクラブ6番コース飛行場(マップの黄色ヒコーキ)
③二十間道路に設定した臨時飛行場(マップの緑色ヒコーキ)

と、3つの飛行場がネット、町誌等、軽井沢関連の書籍に登場します。

今のところオイラが確認できている飛行場はこの3つが全てなんですがこれ以外にも、

④「昭和18年8月24日 軽井沢町滑空場使用条例を定む。」(軽井沢町誌 歴史編(近・現代編)」678p)
⑤「昭和21年3月 第一国民学校校舎東隣りに南原グライダー訓練所の建物を移築し」(同682p)(マップの黒ヒコーキ)

とあり、軽井沢には3つの飛行場に加えて2つの滑空場があったようです。

また軽井沢にあった飛行場について役場の方から話を伺っていた際、

⑥「追分の上の方にも飛行場があったらしい」という話が出てきました(マップ西側の黒ヒコーキ)

そして今年(2018年)に入り、地元土屋写真館で話を伺った際、

⑦1915年に東長倉小学校にて佐藤、岡両大尉による県下初飛来があったことが分かりました(マップの紫ヒコーキ)

更にここから先は「飛行場があったかも」という可能性の話になっちゃうんですが、

⑧戦争末期の時期、軽井沢競馬場跡地が陸軍の特攻訓練に使用されました(マップの灰色ヒコーキ)

また、「目で見る明治・大正・昭和 思い出のアルバム軽井沢」37pには、山をバックに飛ぶ複葉機の写真があり、

⑨「大正6年8月29日徳川大尉のプロペラ機がはじめて離山上空を飛行する」というキャプションがついています。

大正6年は1917年なので、1915年東長倉小学校の県下初飛来から2年後にも飛来があったことになります。

この徳川大尉の飛来の際に使用された飛行場は不明なのですが、

軽井沢最初の飛行場、そして臨時飛行場になりそうな場所として思い浮かぶ二十間道路の完成は大正14年ですから、

この時はまだありませんでした。

この時も東長倉小学校が使用されたかもしれないんですが、もしかしたら未知の飛行場が使用されたのかも。

これらの9例で使用された飛行場は、二重、三重に被っている可能性が大いにあるんですが、

最大で9つの飛行場(飛来地)があったかもしれず、もしかしたらまだまだ未知の飛行場があるかもしれません。


また、軽井沢への飛来機として、

昭和7年に愛国献納号が軽井沢上空を飛行したという記録がありますし、

「東京航空輸送も昭和10年から「エア・タキシー」と遊覧飛行の営業を開始し、翌年にはエア・ガール2人を採用している。飛行場上空一周(10分・10円)や京浜コースをはじめ、江ノ島、箱根、富士五湖、日光、軽井沢、銚子、水戸などの遊覧コースがあった。」("羽田の空"100年物語)

という情報もあります。

更に、これは飛行場と直接関係はないんですが、「軽井沢物語」338pによりますと、

戦時中に軽井沢ゴルフ倶楽部のアウトの九ホールは、

陸軍の飛行学校と食料増産のために陸軍航空本部軽井沢作業隊に貸していたのだそうです。

そして、

「1935年(昭和10年)軽井沢飛行場、蜂須賀正、箱根土地株式会社所有の馬越原四〇〇余町歩を臨時飛行機発着場として認可を受ける」

という非常に気になる情報もあります。

大正14年に完成した「軽井沢飛行場」とは別に、昭和10年に馬越原に「臨時軽井沢飛行場」があった。

と受け取れるのですが、これには少々疑問点が。

大正14年に完成した「軽井沢飛行場」と昭和10年の「臨時軽井沢飛行場」は、

名称、位置、広さ、所有者と、共通項が多々あるため、

オイラには、自信を持って「軽井沢飛行場は2つ存在した」と断言するには、ちょっと弱い気がするんですが、

仮にこれがオイラの大きな勘違いで、臨時飛行場が別に存在したのだとしたら、

軽井沢4つ目の飛行場、10番目のヒコーキ関連の場所となります。


軽井沢の飛行場については、2010年5月に(ヒコーキ目的としては)初めてお邪魔して以来、

地元軽井沢図書館、軽井沢町役場、熊谷の埼玉県立図書館、ネットの関連サイトから頂いた情報の他、

拙ブログのコメント欄でも大勢の方から非常に貴重な情報、ご意見を頂きました。

頂いた順ですが、さくさん、あさん、再生おじさん、あるくさん、asamaさん、藤沢オールドボーイさん、

M/Pさん、ジョルノ飛曹長さん、OLDMANさん、どうもありがとうございましたm(_ _)m


折角大勢の方から情報頂いたのですが、それでもまだまだ不明な点が多く、場所特定もなかなか進まず、

特に町史に登場する2つの滑空場、追分の飛行場については、

「あった」。という以外の情報がまっっったく集まらず、

その点も含めて軽井沢の飛行場関連で不明な点をまとめ、

軽井沢の歴史民俗資料館に長々とした質問を送ったのでした。

今になって改めて自分の書いた質問状を見返してみると、

(マ〇ア怖ェー! ~(・д・川)スス とドン引きするような文面なんですが、

ともかく資料館様はご親切にも県への問合せまでして下さり、8ヵ月もの調査期間を経て頂いた回答は、

「町誌にある以上の情報無し」というものでした。


また、山積する疑問点について文献資料に当ってもサッパリ埒が明かないため、

役場の担当者の方からは別角度からの調査方法として、

明治39年創業の地元写真館をご紹介頂いたのでした(そして東長倉小学校初飛来の件を教えて貰った)。


まだまだ不明な点が多く、場所一つとっても自信を持って「絶対ここにあった!」

と断言できる箇所が少ないというのが現状なんですが、「情報は公開してこそ、集まる情報もある」に期待しつつ、

この8年余でお寄せいただいた情報、集めた情報を整理し、「中間報告」という形で全て出したいと思います。

明日から場所のハッキリしている飛行場跡地、関連する場所を一カ所ずつアップします。

で、軽井沢の飛行場の主役とも言える「軽井沢飛行場」については、過去記事を大幅に書き直して既にアップ済みです。

興味のある方はご覧くださいませ(下記リンク参照)


これは余談なんですが、軽井沢の飛行場についての情報がなかなか出てこないせいで、

結果的に軽井沢関連の本を多分数十冊程(斜めに)読むことになったのですが、

その過程で、戦前から戦中にかけての軽井沢が如何に特異な地であったかについても垣間見ることができました。

例えば「軽井沢物語」には、パブリック・コート(テニスコート)は終戦の年まで一度も閉鎖されず、

プレーする人が絶えなかったこと、

現在のゴルフ俱楽部もアウトの9ホールは軍に貸したのですが、インの9ホールを閉鎖したのは、

昭和20年8月1日であったと記されています。

同書338pにはこう記されていました。

「華族、ブルジョアたちは戦争に関係なく、避暑をし、テニスやゴルフを楽しんでいたことがわかる。若い男性は招集されて徐々に姿を消していったが、政治状況を超越した特権階級が相変わらず何人ものお手伝いさんを従えて避暑を楽しんでいたのだ。」

「戦争末期」と聞いて想像するのとはかけ離れた世界が軽井沢にはあったのでした。



軽井沢のヒコーキ関連の出来事をまとめて載せておきます。

1915年    東長倉小学校にて佐藤、岡両大尉による県下初飛来
1917年08月 29日徳川大尉のプロペラ機がはじめて離山上空を飛行
1920年    箱根土地株式会社(現・プリンスホテル)、地蔵ヶ原の土地買収
1921年07月 6ホールとフェアウェーができあがる(旧ゴルフ)
1925年    夏、二十間道路ほぼ完成。秋、道路西側に軽井沢飛行場完成
1927年08月 16日、東京~軽井沢間定期飛行認可
1928年08月と9月1日~25日 浅間遊覧飛行(軽井沢飛行場)
1931年08月 1日、軽井沢競馬場開場式
1932年07月 17日、軽井沢上空を佐藤中尉が操縦する戦闘機(愛国号献納機)が飛ぶ
1933年    軽井沢ゴルフ倶楽部18ホール完成
1934年05月 21日、海軍機が軽井沢競馬場に不時着
1935年    蜂須賀正、箱根土地所有の馬越原四〇〇余町歩を臨時飛行機発着場として認可受ける
1936年    この年のレースを最後に競馬場閉鎖。東京航空輸送、軽井沢を遊覧コースに設定
1937年    南軽井沢一帯が軍事教練場となる
1943年08月 24日 軽井沢町滑空場使用条例制定
       この年軽井沢飛行場は整備され、熊谷飛行学校訓練所となる
1944年    軽井沢への疎開者増える。陸軍特別航空隊学徒が使用(軽井沢飛行場)
    09月~11月頃まで特攻隊の飛行訓練場として使用される(競馬場)
    12月~1945年1月頃、八丈島からの疎開者が元特攻隊訓練場の宿舎に入居(競馬場)
1945年04月 5日、競馬場跡をアパート式に改築した大観楼が八丈島の疎開者の生活の場となる
    09月 15日、進駐軍初来軽
1946年03月 第一国民学校校舎東隣りに南原グライダー訓練所の建物を移築
    04月 18日、第八軍司令官アイケルバーガー中将、軽井沢視察。
    11月 9日 千ヶ滝グリーンホテルをはじめ、三笠ホテル、新旧ゴルフ場を接収。旧ゴルフ飛行場化
1948年05月 二十間道路が進駐軍の臨時飛行場となる
1949年04月 この頃米軍が軽井沢飛行場を復旧させ使用するようになったと思われる(軽井沢~東京25分)
    06月 20日、旧ゴルフ場返還されプレー始まる
1952年04月 28日、サンフランシスコ講和条約発効。飛行場接収解除。民間機の利用に移る(軽井沢飛行場)
    09月 16日~1955年9月14日 この間におおとり号、軽井沢にて撮影される
1958年    軽井沢飛行場で遊覧飛行開始(アルバム年表情報)。(1957年という情報もあり)
1962年    夏にグライダー訓練実施(軽井沢飛行場)
1971年07月 72ゴルフ西ホール開業
1972年08月 同東ホール開業



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MRJデリバリー前倒しなるか [├雑談]

2020年半ばのデリバリー開始に向け、現在は絶賛「社内飛行試験中」のMRJですが、

今後のデリバリー開始までの流れは、

社内飛行試験(今ここ)→型式証明試験(TCフライト)開始→型式証明取得→デリバリー開始

となっており、「型式証明試験」(以下TCフライト)では、

国土交通省のパイロットらが実際に実機を操縦して各種試験を実施します。

(国土交通省パイロットの完熟飛行は2017年8月に実施済)

これはMRJデリバリーのために残された最後にして最大の関門で、その試験は2,000時間にも及ぶとされています。

そしてこのTCフライトを早く始め、試験をスムーズに進めることができるかどうかが、

デリバリー開始時期を大きく左右します。


で、このTCフライトをいつから開始できるかなんですが、

FAA、JCAB(国土交通省航空局)ら当局からのTCフライト実施許可を得ないと始めることができません。

そしてここが問題なんですが、”これをクリアすればTCフライトを実施してよろしい”

という具体的なチェックリストは存在しません。

飽くまで全体の進捗を見たFAA様から「MRJはTCフライトを開始するレベルに達している」

と認めてもらわなければならないのです。

「この項目を全部クリアできたらTCフライト初めていいよ」というリスト的なものがあれば、

TCフライト開始まで、MRJが現在どの位置にいるのか、

ひいてはデリバリー時期もある程度予想がつきそうなんですが、なんだかふわっとしてますね。

ともかく三菱航空機としては、

「MRJはTCフライト開始できるレベルにあります」と当局に理解してもらえることを目指して頑張るしかありません。

ということで三菱航空は、ワシントン州モーゼスレイクのグラント・カウンティ国際空港に、

拠点となる「モーゼスレイク・フライトテスト・センター」を設けており、

同施設では2018年6月現在4機態勢で飛行試験を実施しています。

(1号機~4号機の4機に加え、今後7号機と10号機もここにフェリーされ、6機体制で試験飛行をする予定)

そして、一応三菱側としては10月以降にもTCフライトに入れるよう準備を進めているのだそうです。


三菱航空機の水谷社長は今年4月18日の会見の際、

「昨年来、お約束している初回納入スケジュールである2020年半ばを、ギリギリ守ることができるという認識で、作業に勤しんでいる。」

と話していました。

社長御自ら「ギリギリ守れる」と仰っていましたので、

(本当にスケジュールギリギリなんだなぁ。こっ、これは6度目の延期あるかも(´・ω・`) )

なんて思ってました。

ところがそれから約4ヵ月後の8月8日、開発責任者アレクサンダー・ベラミー氏は中日新聞の単独取材に対し、

「TCフライトを19年末までに終え、2~3カ月後には型式証明を取得できるだろう」と語りました。

もし本当にこの通りのスケジュールで順調に進んだら、デリバリー開始の時期が従来の「2020年半ば」から、

「2020年初め」に前倒しになる可能性があります。

MRJのデリバリー時期については、延期に次ぐ延期でしたから、これはちょっといいニュースですね。

三菱によりますと、社内飛行試験は順調に進んでいるとのことで、TCフライトも順調に進むといいのですが。。。

数年前から、そしてボーイングとエンブラエルの件があってからここ最近は特に、なんだかもうMRJはお先真っ暗。

という論調が多かったですけど、ともあれTCフライトまであと少し(かも)というところまで来たんですね。

順調にデリバリーまで進んでいって欲しいです。


ということで、次回からまた「アラスカ強化月間」デスヨ

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