So-net無料ブログ作成

北楢岡飛行場跡地 [├国内の空港、飛行場]

   (未訪問)  



1913a.png 1929.png
左:測量年 1913(大2) 61-12-1 大曲 おおまがり 
右:測量年 1929(昭4) 61-12-3 大曲 おおまがり 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成。2枚とも)

秋田県大仙市にあった「北楢岡飛行場」。

郷土の英雄、佐藤章氏縁の「六郷飛行場」の北西約19kmに位置しており、

佐藤氏が郷土訪問飛行を行った翌年の大正9年に陸軍の演習が行われた際、

ここに臨時飛行場を造ったのだそうです。

この情報は、美郷町民さんから頂きましたm(_ _)m

美郷町民さん、どうもありがとうございました

現在、神岡野球場の前に「北楢岡飛行場跡」の標柱が立っています(グーグルマップ青マーカー)。





「北楢岡飛行場跡」標柱:写真はこちらから利用させて頂きました 


上に2枚の地図を並べましたが、左が飛行場建設の7年前、右が飛行場建設の9年後。

印は、標柱の位置です。

【使用前】【使用後】で、標柱の周辺は大きく変わってないですね。

ちょうど標柱の位置に大きめの道路が斜めに走っていますが、

そのどちら側も飛行には支障なさそうに見えます(つまりドッチが飛行場が分からない)。

では、この道路のどちら側に飛行場があったのか。ですが、

残念ながら現在のところこれ以上の情報がなく、不明です。


地図で見ると、標柱から南東方向に広大な土地が広がっているため、

飛行場はこっち方向(現在の野球場側)にあったのだろうか。と思ってしまうのですが、

現地に建つ標柱は球場敷地ではなく、球場向いにある畑側にあり、

「北楢岡飛行場跡」と大きく記してある面を正面に見て立つと(未だ行ってないけど)、

野球場に背を向ける恰好になり、目の前には広々とした畑が広がります。

(ストリートビューでも標柱とその周辺見れます)

当時の地図上でも、標柱は道路の北西側にあります。


この標柱を建てた方がそいうい意図を持っておられたのかどうかは知る由もないのですが、

このことからすると、飛行場はX印の北西方向(野球場じゃなく畑側)だったのかもしれません。

X印の北西方向の地割は、野球場側と比べて狭いんですが、

狭いといっても500m四方のスペースは余裕であり、飛行場として使用するには充分だったかと。

果たしてドッチだったんでしょうか。。。




     秋田県・北楢岡飛行場跡地         


北楢岡飛行場 データ
設置管理者:旧陸軍?
種 別:陸上飛行場
所在地:秋田県大仙市北楢岡向堀野
座 標:N39°29′49″E140°23′33″
標 高:17.2m
(座標、標高は国土地理院から)

沿革
1920年 陸軍演習のため臨時飛行場建設

関連サイト:
ふるさと!-秋田仙北平野を歩く- 
佐藤章飛行士発着地 
六郷飛行場跡地 

コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー