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四国~東京・3 [■旅行記]

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①道の駅内子フレッシュパークからり→②宇和島(永長)飛行場跡地→③川之石町の水上飛行場跡地→④愛媛飛行場跡地→⑤松山空港周辺の掩体壕→⑥梅津寺飛行場跡地、松山の水上飛行場跡地→⑦松山西(久米)飛行場跡地→⑧見奈良滑空訓練所(見奈良飛行場)跡地→⑨愛媛県・松山東(横河原、田窪)飛行場跡地→⑩愛媛県・壬生川飛行場(吉田の滑走路)跡地→⑪愛媛県・長野(田野、六六一)飛行場跡地→⑫与島PA→⑬道の駅黒井山グリーンパーク(車中泊)

 

三日目

4:35 起

5:30 出発

先ずは②宇和島(永長)飛行場跡地に向かいました。

7:00 ③川之石町の水上飛行場跡地見学終了。

ここから一気に松山市方向へ。

途中マックで朝食

④愛媛飛行場跡地では、河川敷内の跡地だったので、土手沿いの自販機前のちょっとしたスペースに車を停めました。

ところでオイラの車は買い替えで「川越ナンバー」になったんですね。

で、河川敷内を歩き回っていたのですが、ふと気が付くとなんか車停めた方向から男の大声が聞こえてきます。

何事かと行ってみると、自転車のおぢいさんがオイラの車の前で叫んでました。Σ(゚Д゚;)

「ほー! 川越! 埼玉県川越市! いやー、懐かしいねぇ! 埼玉!! 川越!」

車に危害を加えるようならすぐ出て行こうと思ったのですが、そういう訳ではなさそう。

さもオイラの車じゃない風を装って通り過ぎ、そのまま見学を続行することにしたのですが、

その後もずっとおぢいさんの大声が響き渡るのでした。

あああああ。車が無事でありますようにいいい~(゚Д゚;≡;゚Д゚)

しばし後、見学を終えて車に戻ってみるとおぢいさんはおらず、車は無事でした(〃´o`)=3

その後、ひたすら松山市内の見学をしたのでした。

11:00 サークルKで昼食のおにぎりを購入し、壬生川飛行場跡地を説明して下さることになっていた公民館の主事さんに連絡。

すると、「地元の長老が何人か来てくれることになってますから」とのことでしたΣ(゚Д゚;) 

オイラはてっきり、主事さんが公民館で一対一でチョコチョコと説明して下さるものだとばかり思っていたのです。

こっ、こんなことのためにワザワザ長老が何人も集まるって!? ヽ(;゚Д゚)ノヒィィィ

しかも、主事さんは少し遅れるので、先に長老から話を聞いていてください。とのことでした(;´Д⊂)

 

D20_0132.jpg

@見奈良駅

公民館での待ち合わせは13:00だったので、その手前に残っていた見奈良滑空訓練所(見奈良飛行場)跡地と、

松山東(横河原、田窪)飛行場跡地を見学したら意外と時間かかってしまって、

公民館は数分前ギリギリの到着になってしまいました。

長老がわざわざお集まりくださっているのに、遅刻なんてしたら大変です (つД⊂;)アブネー

車を降りると、丁度主事さんが入って来ました。 ほっ。

公民館の玄関には当館の館長さんがお待ちかねでした。

2階の会議室のような場所に案内されました。

「失礼します」と入ると、見るからに如何にもなお歴々が少し後から来られた方も含めて4人。

それに当館の館長と、主事。合計6人なのでした。

うぅ、緊張する。。。(-"-;)

それでもここからは、(館長と主事さんの)巧みな話術で長老の皆様から当時の状況について、

いろいろ興味深いエピソードを拝聴することが出来たのでした。

軍の正式な飛行場の名称と、地元の方の名称の違いの正確な把握が出来ず、頓珍漢な質問ばかりしてしまったのですが、

周布公民館すぐ近くにある壬生川飛行場、それから少し離れた所にある西条飛行場については詳しい資料も頂き、

当時の貴重なお話を伺うことが出来ました。

西条飛行場、壬生川飛行場について伺った話はそれぞれの飛行場の記事にまとめますが、

当時の様子についてここで少しご紹介させて頂きます。

 

高1、高2は食糧増産に駆り出され(農営隊?)、17,18才になると兵隊にとられ、地元に残ったのは子供と年寄ばかり。

飛行場の用地は杭を打たれ、紐を引いて、半強制的に土地をとられた。

残った人たちで勤労奉仕、畑仕事、飛行場建設を行った。

当時小学校3,4年生だったが、鋤簾で石運びをした。

住友の近く、中山川から石を上げると1個何銭もらえた。

当時は小学2,3年生で、空襲警報で学校が休みになるのが嬉しかった。

昭和20年3月18日 松島がやられ、翌19日にはグラマンの編隊に西条飛行場がやられた。

子供の頃松山からグラマンが来て、機銃掃射され、急いで隠れたことがある。

空襲警報が鳴り、飛行機が迫ってきて、まだ水の冷たい時期だったが、やむを得ず飛び込んで水から顔だけ出していたら、

日の丸の飛行機だったことがある。

「大きくなったら何になりますか?」と問われ、「兵隊さん」と言うまで立たされる、そういう時代だった。

飛行場は終戦後、個人で7,8年もかけて元の畑に戻した。

墜落したグラマンのエンジンが栗田鋳造にしばらく置いてあった。

川原にも墜落したヒコーキがあり、朝鮮戦争でアルミの値段が上がり、畑からヒコーキを掘り出して売ったりもした。

ヒコーキの残骸は、マニアがプロペラを取っていったり、絹を取って行ったり、タイヤも荷車用に取って行ったりした。

 

夢中で貴重なお話を書き取るうち、あっという間に1時間経過し、集まりはお開きに。

その後主事さんのお車に乗せて頂き、跡地周辺を案内して頂きました。

 

D20_0137.jpg

「俯瞰できる所」ということで案内して頂いた場所から。

公民館に戻り、その後自分で再び見たいところを見て、無事ここの見学終了したのでした。

…ふぅ。濃いィ時間だったぜ。。。

こういうことを始めて11年になるのですが、これまで現地でたくさんの方からお話伺うことが出来たのですが、

ここまでのことは初めてです。

車中で主事さんにそんなことを話したのですが、「お接待文化だから。お節介とも言うけどね」と笑っておられました。

皆様大変お世話になりました。本当にありがとうございました m(_ _)m

 

16:35 ミニストップで幕の内弁当

17:05 無事四国の見学ポイントを全て回ったので、本州に渡ります。その前にお土産用に名物のタルト購入。

二人分購入したのですが、結局一つは渡せずじまいで全てオイラの胃袋に入ったのでした。

次の目的地は岡山県赤磐市。

カーナビ様の仰る通りに国道11号で香川県まで東進し、坂出ICから瀬戸中央自動車道に乗ったのでした。

 

DSCN0116.jpg

20:00 与島PAにて。つい欲望に負けて夜食を食べてしまいました。

21:40 目的地の26km手前の 道の駅黒井山グリーンパーク着。

ここは大型車と駐車スペースが分けられていて広々としていて良いのですが、全体に傾斜があり、

利用車がまばらだったので、一番奥の方で仕切り線無視して停めさせて頂きました。

22:20 寝る。

おやすみなさい。

 

本日の走行距離:389km


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コメント 5

鹿児島のこういち

鹿児島にいて、札幌ナンバーの車を見かけると、ついつい「ご苦労さまです」と声かけたくなります。でも、乗ってる人が若かったら大学生の確率が高いですが(^O^)
by 鹿児島のこういち (2014-09-18 12:50) 

Takashi

よっぽど川越に思い入れのあるお方なんですね。叫ばなくても良さそうですが。。。
ところで、昨日、B777でAPUからの切り替えの瞬間をやっと確認できました!
エンジン始動後しばらくして一瞬だけ照明が微かに暗くなり、思わずニヤッとしてしまいましたよ。危ない危ない。。。
詳細な手順を教えていただいたおかげです。ありがとうございます。
by Takashi (2014-09-18 18:01) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございますm(_ _)m

■鹿児島のこういちさん
「札幌」
ゆくさ、おじゃいやした。って感じなのでしょうか^^

■Takashiさん
会話の始まりそうなシチュエーションではあるのですが、風体、目つきがちょっとアレだったので
怖くて近寄れませんでした^^;
確認出来たとのことでおめでとうございます!
マ○アに片足突っ込んでしまった状態ですので、どうぞ気を付けてください。
「危ない」という認識があるうちはまだ大丈夫です(o ̄∇ ̄o)
by とり (2014-09-19 06:26) 

an-kazu

貴重で実りある体験ですね\(^_^)/
一杯お付き合いしたくなる感じであります!
by an-kazu (2014-09-21 08:24) 

とり

■an-kazuさん
やー本当に貴重で実りある体験をさせていただきました。
by とり (2014-09-21 19:48) 

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