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広島県・甲山防空監視硝跡地 [├場所]

  2013年4月 訪問 

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広島県‎世羅郡‎世羅町‎にある「甲山防空監視硝」。

原爆を投下したエノラゲイの飛来を通報した監視硝の一つです。

結局この機は偵察機であると判断されて空襲警報発令が遅れて被害の拡大につながってしまったのだそうです。

 

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国道184号線「今高野山入口」交差点を南(山方向)に入ると、観光用駐車場の案内があります。

駐車場に車を停め、案内に従って(古城山)展望台の方に進んでいくと、上の写真の所に出ます。

ここから本格的な山道です。

不安になって地元の方にお聞きしたりしたのですが、

ここまで防空監視硝を匂わせるものは(少なくともオイラは)発見できませんでした。

 

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「展望台」の案内と100m刻みの標識を辿って進みます。

 

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やっと到着。

まずは石版があります。「蘇る爆音」

奥にチラっと説明版と石垣が見えますね。

 

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石垣と説明版。

甲山防空監視硝(全文)
 太平洋戦争(昭和十六年~昭和二十年)のとき、空襲にそなえて県内の要所に防空監視硝がつくられた。この監視硝は「尾道防空監視隊第十三番甲山防空監視硝」と称し、昭和十七年(一九四二)夏、設置された。毎日八名が詰め、二名ずつ二時間交代で昼夜通して監視した。昭和二十年(一九四五)広島に原爆が投下されたときは、飛来機をいちはやく発見通報しており、爆発時のものすごい閃光も目撃している。監視硝が戦後四十年を経て、なお当時のままの姿で残っているのは県内でもめずらしい。戦争は静かな農村地帯までも巻き込むことを語り継ぎ、平和の貴さを知り平和を願う貴重な資料として保存するものである。昭和六十三年七月十五日(一九八八)甲山町教育委員会

正式名称:「尾道防空監視隊第十三番甲山防空監視硝」なのですね。

この監視硝は爆心地の東北東約59.3kmにあります。

前記事の可部基地より更に爆心地から遠いのですが、それでも閃光が見えたのですね。

説明版のすぐ横、石垣に入り口らしきものがあります。

覗いてみると、

 

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内部はこんな感じ。

横にある階段で上に上ります。

 

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上った先にある監視硝跡。

これまでいくつか監視硝跡を見ましたが、いずれもコンクリート製のラッパ状の穴が残っているのみでした。

復元したものだそうですが、こうして建物を見るのは初めてです。

 

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フェンスの上にカメラだけ出して撮ってみました。

 

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監視硝からの眺めはこんな感じ。

 

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甲山防空監視硝跡地:map  


      広島県・甲山防空監視硝跡地      

甲山防空監視 データ
設置管理者:旧陸軍?
運用時間:24時間
所在地:広島県‎世羅郡‎世羅町‎甲山‎
座 標:N34°34′54″E133°03′26″
*座標はグーグルアースにて算出

沿革
1942年夏 設置

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コメント 4

鹿児島のこういち

当時のままということで、屋根の部材や、窓、扉も当時のままってびっくりしたら、復元なのですね(^^)
内部の支保工のサポートの足元は、石段の階段?それともコンクリート製?柵の外からではどのように見えたでしょうか?側面は石積なんですね。
by 鹿児島のこういち (2013-07-09 07:32) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございます。m(_ _)m

■鹿児島のこういちさん
当時のものがそのまま残っていた凄いんですけどね^^;
>足元
撮った写真を拡大して改めて見てみたのですが、
全てがものすごく平滑な面で構成されていました。
オイラにはコンクリ製に見えます。
by とり (2013-07-10 04:59) 

an-kazu

復元は嬉しいのですが、
サッシの戸や窓は・・・

天守を枝木で隠す徹底ぶりに感心(^^);
by an-kazu (2013-07-10 21:35) 

とり

留守中のご訪問、ありがとうございました。m(_ _)m

■an-kazuさん
>サッシの戸や窓
まあ確かに…。^^;
贅沢言えばキリないですね。
>枝木で隠す
べべべべべつに他意はないですよ?(滝汗)
by とり (2013-07-14 12:52) 

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