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徳島飛行場跡地 [├国内の空港、飛行場]

  2014年06月 訪問 

無題4.png

徳島県徳島市の吉野川にあった水上機用「徳島飛行場」。

「徳島阿波おどり空港」はここから北東約6.6kmにあります。

戦後間もない昭和32年のことですが、日本観光飛行協会が大阪堺~吉野川橋の旅客航空路線を開設しました。

機材はDH ビーバー(客席数5)でした。

翌年には機材がDHC-3 オッター(つばめ号、客席数14)となり、

昭和35年にはグラマンG-73マラード水陸両用飛行艇の就航で伊丹空港発着となり、

更に昭和38年にはコンベア240(客席数40)の就航で現在の徳島空港発着になりました。

このように、昭和32年~38年まで、吉野川が大阪への空の玄関口となっていました。

関東でのほほんと生活しているオイラにはまったく気が付かないことなのですが、

四国に来てみると、関西、特に大阪との結びつきの強さを実感します。

で、使用機材を変更しながら続いた吉野川からの大阪便なのですが、

では具体的に吉野川の一体どこからなのか。ネットで検索してみると、

「昭和33年5月、吉野川大橋南詰めの桟橋から堺へ1日2往復45分」という記録の他、

「吉野川橋から」という記事がいくつか出てきます。

ですので、「吉野川橋」、「吉野川大橋」、「南詰め」というキーワードを手掛かりに発着場所を推測しなければなりません。

上の地図で見て頂くと、河口に向かって①②③と3つの橋があり、②の橋が「吉野川大橋」であり、しかもB地点の交差点名は、

「吉野川大橋南」なのでここが非常に怪しい(一旦ここだと断定した)のですが、

実際にここから発着していた昭和33年の地図(下記リンク参照)で確認すると、当時この周辺には①の橋しかありません。

ということで、①の橋の南側、そして大阪方向との行き来になる訳ですから、橋が邪魔にならない方向を考えると、

A地点のあたりに桟橋があったのではないか。

というのがオイラの推測です。 

2017/2/6追記:KIさんからコメント頂きました。「旧鉄橋の東に着水して鉄橋の下をくぐり、鉄橋の西側の徳島駅側にある桟橋に着岸しました 自力では着岸できないので、手漕ぎ(棒こぎ?)の小舟が迎えに来て人力にて着岸した覚えがあります」

とのことです。

先頭のマップのA地点より西側に桟橋があって、小舟も使っていたんですね~。

詳しくはコメント欄をご覧ください。KIさんありがとうございましたm(_ _)m

D20_0004.jpg

・A地点 「吉野川橋」。

オイラの推測が正しければ、ここが本家「吉野川橋」で、

上図②の橋(国道11号吉野川バイパス)完成後に主役の座を譲ったのではないかと。

 

D20_0005.jpg

同じくA地点 「吉野川橋」。

Wikiによりますと、この橋は1928年12月竣工(飛行場として使用していた時期とちゃんと辻褄合ってる)、

日本百名橋、とくしま市民遺産選定という、非常に高貴なお橋様です。

 

D20_0010.jpg

・A地点 河口、堺の方向。

この辺からぶーん。と飛んでいったんじゃないかと思うのですが…

 

徳島飛行場跡地 map   


      徳島県・徳島飛行場跡地      

徳島飛行場跡地 データ

空港種別:水上機飛行場
所在地:徳島県‎徳島市‎上助任町‎蛭子‎
座 標:N34°05′28″E134°33′09″
*座標はグーグルアースにて算出

沿革
1957年06月 20日 日本観光飛行協会、D.Hビーバーで堺港~吉野川橋に不定期便就航
1958年05月 03日 吉野川大橋南詰めの桟橋~堺 DHC-3オッター就航
1960年05月 16日 グラマンG-73マラード水陸両用飛行艇の就航で伊丹空港発着になる
(1961年07月 日東航空が水陸両用機グラマンマラードで大阪線不定期運航開始)
1963年06月 徳島―大阪間、徳島―高知間が定期航空路として正式に認可される
      10月 10日 コンベア240(客席数40)の就航で現在の徳島空港(当時の松茂飛行場)発着になる

関連サイト:
常設展示室「航空輸送と空港」    
国土地理院 1958年測量の地図(5万地形図 50000 105-8-10) (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック)  
ブログ内関連記事       

この記事の資料:
徳島空港30年のあゆみ
全国空港ウォッチングガイド


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コメント 8

an-kazu

橋のレポートも
とは珍しい( ̄ー ̄)ニヤリ
by an-kazu (2014-08-16 23:26) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございますm(_ _)m

■an-kazuさん
ヒコーキに絡めばダムや古墳、お城のレポートもしますよd( ̄∇ ̄*)
by とり (2014-08-17 04:59) 

鹿児島のこういち

う~ん、この辺からぶーんと飛んでk行く! 鴨池飛行場も空港の端が錦江湾ですから風景は似てると思いますが(*゚▽゚*)
by 鹿児島のこういち (2014-08-17 23:18) 

とり

■鹿児島のこういちさん
現時点で集められるだけ情報集めて、多分ココだと思うのですが…
それより今日鹿屋出ますね。
相手はあの星陵ですがどうなりますか。
by とり (2014-08-18 06:39) 

KI

オッターに伊丹から飛んだことがあります
昭和34-35年くらいのことです
間違いなく、旧鉄橋の東に着水して
鉄橋の下をくぐり、鉄橋の西側の徳島駅側にある
桟橋に着岸しました
自力では着岸できないので、手漕ぎ(棒こぎ?)の小舟が迎えに来て
人力にて着岸した覚えがあります、、 当時、私が4-5歳?
by KI (2017-02-05 20:16) 

とり

■KIさん
着岸は橋の西側で、小舟も使っていたのですね。
記事に反映させて頂きました。
非常に貴重なコメントありがとうございましたm(_ _)m
by とり (2017-02-06 05:00) 

KI

ちなみに
天候不良(条件はわかりません)の場合は
徳島空港に着陸していたようです

当時の徳島空港は自衛隊??管理のため
民間機の自由な離着陸は許可されてなかったのかも
しれません
そこのところは良くわかりませんが
条件によっては徳島空港に着陸もしたみたいですね
by KI (2017-02-06 13:38) 

とり

■KIさん
またまたありがとうございます。
そうなんですか。
徳島空港を使うこともあったんですね。
ということは、大阪の出発空港も変更ですね。
徳島空港と比べて吉野川の橋の所からだと徳島駅まで僅か2kmで利便性抜群ですから、
利用客の多くにとって空港の変更は、きっと不便に感じたのでしょうね。
by とり (2017-02-07 07:00) 

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