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棚倉(沢田、石川沢田)飛行場跡地 [├国内の空港、飛行場]

  2013年10月 訪問 

無題23.png

福島県‎石川郡‎にあった「棚倉(沢田、石川沢田)飛行場」。

福島空港の南南西約10kmに位置しています。

細線の滑走路は最初建設候補となった場所なのですが、最終的に太線の位置に落ち着きました。

1947年の航空写真(下記リンク参照)には滑走路跡がクッキリと写っています。

PUTINさん情報ですが、米軍からも「沢田飛行場」としてバッチリマークされていました。

 

以前の記事 でも書きましたが、陸軍の史料「飛行場配當図」の中で当飛行場は、

「秘匿飛行場(と号専用)」と記載されています(「と号」:「特別攻撃隊」)。

東北地方で 「秘匿飛行場(と号専用)」として示されている飛行場は、

岩手県水澤」、「宮城県玉城寺原」、そして当「福島県棚倉」の3飛行場のみです。

 

D20_0045.jpg

・A地点

リンゴの甘い香りがしました。

 

地元紙内で当飛行場のことが扱われており、ネットで閲覧することができたのですが、

当記事を作る段階で改めて確認しようと思ったら、ヒットしなくなってしまいました。

以下閲覧できた当時の内容を抜粋してみます。

県道に平行して建設された滑走路(1,850mx100m)は、

陸軍の建設隊と動員された石川中学校と県内の中学校(主に3年生)、近辺の国民学校高等科の生徒、

徴用された青年数百名によって4月から突貫工事で進められ、7月末にはほぼ完成しました。

空から区別がつかないように、滑走路の脇に芝生を植えたり、移動できる小屋を置いて偽装しました。

また、地下壕を造り燃料弾薬を隠したり、林の中に飛行機を隠す場所を作ったりしました。

敷き固めた砂利は阿武隈川から上げて馬車で運びました。

飛行場造りのことを満州国大連の姉に手紙を出した方がいて、

それが検閲され郡山憲兵隊に出頭を命じられ厳重に注意されたという一件もあったのだそうです。

練習機が3回着陸したのですが本格的な使用のないまま終戦。元の畑に戻すのに数年かかったのだそうです。

建設隊員の手記が紹介されており、

「毎晩地元のお宅にお風呂をもらいに行ったり、時々夕食に呼ばれた。沢田の方々の人情豊かな心に接したことが懐かしい」

と記されています。

宿泊が縁で現在でも親交が続いているケースもあるのだそうです。

 

2014/4/28:追記 以下に書いた「浅川(淺川)飛行場」についての部分ですが、今までナゾだった浅川飛行場はありました! 詳しくは当記事コメント欄の佐藤正孝さん(2014-04-24 20:37)をごらんくださいませ。佐藤正孝さん情報ありがとうございましたm(_ _)m

余談ですが、ネットで福島県内の飛行場を検索すると、「浅川(淺川)飛行場」を紹介するサイトがあります。

当棚倉は陸軍の秘匿飛行場なのですが、浅川の方は「旧海軍の秘匿航空基地」と紹介されています。

陸軍と海軍で異なっているのですが、地元図書館で浅川町史を確認しても飛行場のことが出てこないばかりか、

「浅川町には直接的に空爆の目標となるような軍事施設や軍需工場がなかったので、爆弾や焼夷弾の投下を受ける直接的な被害はなかった」

と記されています。

地名から位置関係を見てみますと、

当棚倉飛行場は、「棚倉」飛行場なのに実際には棚倉にはなくて、棚倉はここから南に約12km離れた所にあります。

そして浅川町は、方角はほぼ同じで、ここから約7kmの所にあります。

飛行場の名称となっている棚倉の方が浅川より遠いのです。

また浅川周辺には現在のところ他に飛行場があったという情報はありません。

こうしたことから、浅川にはないとしても、その周辺に海軍の飛行場があったか、もしくは

陸軍と海軍の違いはあるものの、「浅川飛行場」=「棚倉(沢田)飛行場」なのではないかと考えています。

情報お待ちしておりますm(_ _)m

 

棚倉(沢田)飛行場:map  


      福島県・棚倉(沢田)飛行場跡地      

棚倉(沢田)飛行場 データ

設置管理者:旧陸軍
空港種別:特別攻撃隊用秘匿飛行場
所在地:福島県‎石川郡‎石川町‎赤羽‎
座 標:N37°08′21″E140°23′19″
滑走路:1,850mx100m?
磁方位:06/24
*座標、磁方位はグーグルアースにて算出

沿革
1945年04月 工事開始
      07月 ほぼ完成
     08月 終戦。戦後畑に

関連サイト:
国土地理院 1947年11月当時の写真(USA M627-A 104) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)    
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コメント 5

鹿児島のこういち

棚倉の飛行場を海軍の飛行場と勘違いしてのネットでの紹介なのでしょうか?実は浅川の飛行場は、本当に秘匿が守られていて誰も知らなかったとか(^^)
軍事施設がなかったのなら、法務局の浅川町の閉鎖字絵図をしらみつぶしに閲覧して、旧海軍の所有地がまとまって出てきたら、怪しいかもしれませんね。現実的ではないですが。労力も印紙代も馬鹿にできませんから(^^)
by 鹿児島のこういち (2013-12-12 08:20) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございます。m(_ _)m

■鹿児島のこういちさん
勘違いというのは大いにあり得ます。
オイラも人のことはまっっったく言えませんけど(///∇///)
>法務局の浅川町の閉鎖字絵図
いろんな引き出しをお持ちですね~。流石です。
by とり (2013-12-13 04:11) 

佐藤正孝

初めてメールします。所沢在住のものです。このサイトは以前から貴重な資料として拝見しています。
さて、今回は、「浅川の飛行場跡地」の場所が分かったのでお伝えしようとメールしました。まず結論の場所ですが、浅川町役場の西方で浅川町大字浅川字背戸谷地の西端と棚倉町一色に跨いだところです。なぜ分かったのかの理由ですが、棚倉町役場が発行している「お知らせ版」2010年7/15号 No.213に「第6回棚倉平和のための戦争展」の案内に「浅川の飛行場」「石川沢田の飛行場」の跡地見学と記載されていたため、先日、役場の企画情報課を訪ねてきました。その時に戦争展の連絡先で記載してある郷土史科家の衣山氏に好意で連絡をとって頂き、突然のことなのに衣山氏がわざわざ現地に案内していただきました。現地に着きますと一部分ですが畑の地割がほぼ滑走路の幅となっていました。衣山氏も場所の特定には相当な年月がかかったとおっしゃっていました。自宅に帰ってから空中写真を見ると滑走路を彷彿させるあざ道が見えます。山歩きやオリエンテーリングで使用する方位磁石を忘れたので方位は不明です。またじっくりと訪ねたいと思っています。

別件ですが4レターコードについてもいずれ書かせて頂きます。

失礼します。
by 佐藤正孝 (2014-04-24 20:37) 

domingo

昨年夏、澤田飛行場跡地を訪問し、写真撮ってきました。
棚倉の淺川飛行場もぜひ訪問したい。衣山氏を探して、情報もらいます。
by domingo (2014-04-25 12:14) 

とり

■佐藤正孝さん いらっしゃいませ
返事が遅くなってしまい失礼致しました。
非常に貴重な情報を感謝致しますm(_ _)m
浅川飛行場、本当にあったのですね!後ほど記事修正致します。

USA M607 19 等で見ると、仰る通り浅川と一色の境界線が滑走路のようになっていますね。
ほぼ南北で、長さは丁度800m。
「空中写真を見ると滑走路を彷彿させるあざ道が見えます。」
と仰っているのはこれのことでしょうか?

以前からご覧頂いていたとのことで、どうもありがとうございます。
私はとにかく浅いので、佐藤正孝さんのような緻密に探求される方は尊敬致します。
また何かありましたらどうぞご教授下さいませ。
4レターコードについても気長にお待ちしております。
by とり (2014-04-28 17:42) 

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