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深川7号埋立地(洲崎飛行場・江東区辰巳)跡地 [├国内の空港、飛行場]

  2016年6月 訪問 

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1937年測量 地図種別:旧1万地形図  リスト番号:o177、A002-1MA-0016  図名:洲﨑、新橋
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)


前記事の続きです。

という訳で、洲崎飛行場は 「1号埋立地」→「5号埋立地」→「7号埋立地」と移転しました。

当記事は三代目、「深川7号埋立地」についての記事です。

この飛行場は1937年12月、深川5号埋立地から移設してきました。

水路部資料「航空路資料 第3 其ノ3 昭14-10 關東地方飛行場及不時著陸場」の中で、

当「深川7號埋立地」について扱っており、アジ歴でその資料の英語訳版が閲覧できます。

各ハンガー位置まで書き込みがある非常に詳しく扱った資料です(下記リンク参照)。

で、防衛研究所にてこの資料の原本を見てきました。

其の他の部分を以下引用させて頂きます。

其の他
本飛行場は昭和12年12月深川5号埋立地より移転し港湾河川工事と共に埋立られたる箇所なり飛行場としては諸施設未だ完備するに至らざるも目下場内の整地護岸の改修、道路橋梁及上下水道工事等諸施設工事中なり・東京飛行場は目下拡張中に付都下中等学校のグライダー練習地に充当す・本場は洲崎飛行場と別稱し目下飛行機12機を有し毎日練習を実施す・5号及6号埋立地は将来工場倉庫或は新興の商店街、住宅地建設用地として発展の途上に在り・又現下急速なる航空事業の発達の趨勢に鑑み都市計画事業として昭和13年度以降3箇年継続総工費1,200蔓円を以て本場に隣接する海面約49.6萬坪を埋立て水陸両用の公共用飛行場建設の計画あり。

「洲崎飛行場は転々と場所を変えた」と前記事でも書きましたが、

この情報はオイラが調べた範囲ではアジ歴の資料以外には見当たりません。

洲崎飛行場が遅くとも1920年には運用されていたことは様々な資料から明らかなのですが、

1925年の地図では5号埋立地はまだ海面であり、

アジ歴で「洲崎飛行場」として詳細な地図付きで扱われている当7号埋立地は1930年の地図でまだ海面で、

1932年の地図で初めて登場しています。

こうした点は、「洲崎飛行場は転々と場所を変えた」ということを裏付けていると思います。

 

また、飛行場の名称なのですが、当飛行場は水路部資料の中で、「本場は洲崎飛行場と別称し」とある他、

「深川(浦)飛行場」とも呼ばれていました。

1,5,7の各埋立地はそれぞれ広義の「深川地域」に当たるので、

いずれも「深川(浦)飛行場」で何の問題もないのですが、

「洲崎」という地名は遊郭の一大拠点となった埋立地(現在の江東区東陽一丁目)のことで、

こちらはオイラの知る限り「洲崎地域」的な広義の意味は存在しません。

位置としては1号埋立地のすぐ北側に当たり、場所として限定されています。

「洲崎」からは離れた場所にある7号埋立地の事も、アジ歴では「洲崎飛行場」とされていますが、

これは厳密に地名だけで考えると少々不自然です。

これは、「洲崎の飛行場」が移転してきたことの名残なのかもしれません。

 

DSC_0005.jpg

撮影地点・1

道路の右側にハンガーが並んでいたはずです。

現在は都営辰巳一丁目アパートが並んでいます。

DSC_0007.jpg

撮影地点・2

飛行場が広がっていた辺り。

現在一部は辰巳の森海浜公園になっています。


      東京都・深川7号埋立地(洲崎飛行場・江東区辰巳)跡地     

深川7号埋立地(洲崎飛行場・江東区辰巳) データ
空港種別:陸上飛行場
所在地:東京都江東区辰巳1,2丁目
座 標:N35°38′55″E139°48′41″
標 高:3m
面 積:24.3ha
着陸帯:500m×520m
(座標、標高、着陸帯長さはグーグルアースから)

沿革
1937年 12月、深川7号埋立地に移設
1938年 女流飛行家田中阜子飛行士、埼玉県川越市に当飛行場から郷土訪問飛行

関連サイト:
アジ歴:深川7號埋立地    

ブログ内関連記事       

この記事の資料:
防衛研究所収蔵資料「航空路資料 第3 其ノ3 昭14-10 關東地方飛行場及不時著陸場」


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コメント 4

an-kazu

廃線以外にもイロイロある街なんですねφ(..)メモメモ


by an-kazu (2016-08-25 09:21) 

とり

■an-kazuさん
廃線があるのですか
へえ~
by とり (2016-08-26 05:58) 

再生おじさん

郷土史による関連情報は既出?

江東の昭和史(江東区、平成3年3月発行)

①P33~34
(昭和)「一三年の四月と七月の二回にわたって暴風雨と高潮により・・・
・・・・・この結果ますます外郭堤防と新しい放水用路の建設が叫ばれていった。なお、この年には、南砂町沖に飛行場を建設(今の夢の島、途中で工事は中止となる)、教育施設の面でも・・・・・・・」

②P34に、昭和10年の洲崎飛行場での偵察機贈呈式 毎日新聞社の写真有り
by 再生おじさん (2016-08-26 23:32) 

とり

■再生おじさん
郷土史はチェックしておりませんでした。
昭和10年贈呈式ということは、初代か二代目の飛行場時代の話ですね。
情報ありがとうございました。
夢の島の件は東雲飛行場の記事におまけみたいな感じで含めております。
by とり (2016-08-27 16:02) 

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