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竜ヶ崎(貝原塚)飛行場跡地 [├国内の空港、飛行場]

  2012年10月 訪問 

無題7.png

茨城県‎龍ケ崎市‎貝原塚町‎にあった旧陸軍の竜ヶ崎(貝原塚)飛行場。

竜ヶ崎飛行場で検索すると、約6km南東にある新中央航空の竜ヶ崎飛行場のことばかりヒットするのですが、

こちらは戦時中の陸軍飛行場跡地です。

上図は、龍ヶ崎市史の付録(昭和22年の地図)を元に作りました。

昭和22年当時の地図では特に説明は記されていないものの、交差した滑走路跡がハッキリと描かれています。

資料によりますと滑走路の長さは2本とも1,600mだったのだそうで、作図した滑走路の長さを測ると確かに両方とも

1,600mでした。

 

当飛行場は(オイラが探した範囲では)ネットでも書籍でも情報がほとんどないのですが、

龍ヶ崎市史近現代編の中で 貝原塚の飛行場跡のことが触れられており、

霞ヶ浦の航空隊を掩護するために設置したと言われるが、実際には複葉機が一機着陸しただけらしい。

と記されていました。

当地の古い地図は、上述の昭和22年以外に昭和7年、26年、29年のものを閲覧することが出来たのですが、

この中で滑走路が描かれているのは、 22年と26年のものだけでした。

当時の航空写真は1946年2月のもの(下記リンク参照)を閲覧することができます。

滑走路跡は写真の中央からちょっと左上にあるのですが、 終戦から僅か半年後の撮影であるにもかかわらず、

よく目を凝らさないと判別することが出来なくなっています。

建設時期については不明なのですが、一般的な例でいくと、

終戦間際に建設され、戦後すぐ畑に戻されたケースに該当するのではないかと思いました。

こういうケースは800m級の秘匿飛行場に多いのですが、

規模が大きいだけに地元の方の徒労感は大きかったのではないでしょうか。

 

D20_0295.jpg

・A地点。

周辺は長閑な風景が広がっています。

 

D20_0294.jpg

明治天皇駐蹕之地。

滑走路跡地の近くにありました。

記念石碑公園 建立の経緯
明治十七年十二月八日女化原で行なわれた近衛師団の大演習を、明治天皇が観戦されその事と場所を記念して建立した。

と記されていました。ここは古くからそういう場所だったのですね。

 

竜ヶ崎(貝原塚)飛行場跡地:map  


      茨城県・竜ヶ崎(貝原塚)飛行場跡地     
昭和18年、龍ヶ崎中学校に滑空班が組織され、グライダーを購入してその試乗をしたという記録が残っています

竜ヶ崎(貝原塚)飛行場 データ
設置管理者:旧陸軍
空港種別:陸上飛行場
所在地:茨城県‎龍ケ崎市‎貝原塚町
座 標:N35°56′19″E140°11′20″
滑走路:1,600m×80m(05/23,14/32共に)
*座標、磁方位はグーグルアースにて算出

関連サイト:
国土地理院 1946年2月当時の写真(USA M44-A-5VV 217) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)    
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