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小月飛行場(旧下関、下関陸軍飛行場) [├国内の空港、飛行場]

   2013年4月訪問、2017/9/1:更新  


無題.png
1947年10月当時の写真(USA R515-2 103) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成) 

無題2.png
SkyVector.com

山口県‎下関市にある海自小月航空基地の「小月飛行場」。

沿革にまとめましたが、元々は逓信省の「下関飛行場」として着工しました。

敷地面積552,623㎡の大部分は遠浅を埋め立てたもので、工費は105万円でした。

竣工後民間機による祝賀飛行が行われましたが、完成直後に陸軍所管の「下関陸軍飛行場」となり、

民間機が飛んだのはこれが最初で最後でした。

 

防衛研究所収蔵資料:「飛行場記録 第12飛行師団司令部」(陸空-本土周辺-120)昭和二十年九月十七日

に当「小月飛行場記録」がありました。

上のグーグルマップは、同資料の「要図」と1947年の航空写真から作図しました。

当飛行場が接収を受けるのは1948年4月なので、この写真はその半年前、

日本陸軍飛行場の面影が残る写真ということになります。

当時の航空写真と現在のグーグルマップで飛行場を比較してみると、

サブの滑走路(12/30)と付随する誘導路が新設されたのが大きな違いです。

しかしそれ以外の部分では、敷地、滑走路、誘導路がビックリするほど当時のものそのままに使用しており、

この現存率は驚異的です(オイラ脳内調べ)。

上のグーグルマップ、滑走路の両端部分が広く赤くなってますが、

「要図」のこの部分は赤の斜線が引かれており、

滑走路北側部分のエリアには、「地下水高0.5米にして降雨の為泥濘化し□の滑走困難」とあり、

同南側エリアには、「地下水高1.50mにして降雨の為泥濘化し□の滑走困難」とありました。

また、敷地南端の周防灘に面した部分には、「豪雨の為破壊」とあり、100mに渡り赤でXマークが続いていました。

水難で相当苦労している様子を窺わせます。

これがたまたまその時に限ったものだったのか、それとも同飛行場の弱点なのかは不明です。

同資料の「飛行場記録」を以下引用させて頂きます。

判決
中型飛行機(七屯以下)の離着陸に支障なきも雨雪天時に於て土質
泥濘化し滑走地区以外の使用困難

飛行地区
滑走地区 一三〇〇x六〇 約一〇糎のコンクリート舗装
舗装路 記載なし
土質 粘土
地表面の状況 海岸埋立地にして軟弱なり
周辺の障碍物の有無 なし

付属地区
誘導路 一七〇〇x二〇
宿営 兵舎三棟四〇〇名を収容し得るも蚤南京蟲多発し消毒を必要とす
夜間着陸設備 付設しあるも水分浸透の為め三ヶ月前より使用不可能
動力線 設備しあるも配線の自然切断により修理を要す
電灯線 兵舎全般に設備しあり
給水 水道施設しあり多量の鉄分を含有し濾過せざれば使用し得ず

其他
風向 南風又は北風にして滑走路と一致しあり

実は同資料では、終盤の頁で当飛行場の「要図」と「飛行場記録」がコンパクトにまとめられて再登場しているのですが、

両者には細かな差異があります。

以下異なっている箇所を列挙します。

・判決 「7頓」→「710頓」
・舗装路 「記載なし」→「1,300x60」 

また、同資料では滑走路について「1,300mx60m」とありますが、

「陸軍飛行場便覧」によれば、終戦時の滑走路は「1,200m×60m舗装」とありました。

実際に作図して測ってみたところ、1,200m×60mでした。

戦後はアメリカ軍、ニュージーランド軍が駐留し、

その後警察予備隊→保安隊→陸上自衛隊→航空自衛隊→海上自衛隊航空基地

と、使用者が目まぐるしく変化しています。

D20_0066.jpg

・A地点。主滑走路RWY17側

D20_0069.jpg

・B地点。副滑走路RWY30側


      山口県・小月飛行場(旧下関、下関陸軍飛行場)      

小月飛行場(旧下関、下関陸軍飛行場) データ

設置管理者:逓信省→旧陸軍→防衛省
4レター:RJOZ
空港種別:軍用飛行場
所在地:山口県‎下関市‎松屋本町
座 標:N34°02′43″E131°03′08″
(終戦時)
滑走路:1,200m×60m(17/35)
(現在)
主滑走路:1,201m×61m(17/35)
副滑走路:899m×46m(12/30)
航空管制周波数
TWR     122MHz,126.2MHz,228.2MHz,236.8MHz,302.2MHz
ATIS     245.8MHz

沿革
1937年06月 逓信省「下関飛行場」として起工
1940年03月 竣工
      04月 大日本帝国陸軍に移管、「下関陸軍飛行場」に改称
      06月 大刀洗から九七式戦闘機6機移駐。関門・北九州の防空任務担当
1941年     春頃「小月飛行場」に改称
1942年     この年までに三次の拡張工事
1945年     終戦
1948年04月 アメリカ軍およびニュージーランド軍が駐留
1950年03月 接収解除
      09月 警察予備隊の駐屯地となる
1952年10月 保安隊小月駐屯地に改称
1954年07月 陸上自衛隊小月駐屯地となる
1956年04月 航空自衛隊基地となる
1964年07月 海上自衛隊航空基地となる

関連サイト:
Wiki/小月航空基地   
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この記事の資料:
「陸軍飛行場便覧」
防衛研究所収蔵資料:「飛行場記録 第12飛行師団司令部」(陸空-本土周辺-120)

 


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コメント 2

鹿児島のこういち

現在の上空写真と1947年の写真を見たとき、R/W17エンドの先は畑なんですね。地形的に民間が勝手に開発しちゃいそうなところに見えます(^^)
by 鹿児島のこういち (2013-06-26 10:02) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございます。m(_ _)m

■鹿児島のこういちさん
敷地ギリギリまで滑走路になってますからね~。
航空法があるので高い建物は建てられませんが。。。
by とり (2013-06-27 06:17) 

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