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奈良航空教育隊跡地 [├国内の空港、飛行場]

   2015年10月 訪問 

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1946年10月当時の写真(USA M275-A-8 20) (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック。) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)

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1949年1月当時の写真(USA R548-No2 14) (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック。) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成) 

奈良県奈良市にあった「奈良航空教育隊」。

昭和19年4月、奈良歩兵聯隊練兵場に代わり、岐阜陸軍航空整備學校奈良教育隊(後に「奈良航空教育隊」)が設置されました。

練兵場は整備訓練場となり格納庫、整備工場、駐機場になり、滑走路が設置されました。

戦後は接収され、滑走路を延長して連絡機用に使用されたのだそうです。

1番目の写真(1946年)と比べると、2番目の写真(1949年)では、滑走路東端が延長しているのが分かります。

写真の通りに作図したのが上のグーグルマップなのですが、この通りだとすると、

日本軍当時の滑走路の長さ:370m。接収延長時:480m です。

 

「航空年鑑昭和15年」大日本飛行協会編(昭和16年発行)「學校グライダー部一覽」(昭和15年10月現在)の中で、

添上農學校滑空部、奈良中學校グライダー部、奈良縣立郡山中學校航空部、正氣書院商業滑空部(当時)が、

当練兵場を滑空場として使用していたとありました。

この情報はアギラさんから頂きました。アギラさんありがとうございましたm(_ _)m

余談ですが、学校の滑空部、グライダー部が練兵場を使用していたのが昭和15年、航空教育隊になったのが昭和19年ですから、

昭和15年当時には滑走路はなく、練兵場の広々としたスペースを使用していたはずです。

学校の滑空部が何年まで当地で滑空訓練を実施していたか不明なのですが、

この滑走路を使用する事はあったのでしょうか。

 

D20_0024.jpg

滑走路だった道路。

滑走路だった当時はもう少し太くて、画面左側も滑走路だったはず。


      奈良県・奈良航空教育隊跡地     

奈良奈良航空教育隊 データ

設置管理者:旧陸軍
空港種別:陸上飛行場
所在地:奈良県奈良市東紀寺町1丁目
座 標:N34°40′15″E135°50′13″
標 高:97m
着陸帯:370mx20m→480mx20m?
(座標、標高、滑走路長さはグーグルアースから)

沿革
1940年 10月現在 添上農學校、奈良中學校、奈良縣立郡山中學校、正氣書院商業が滑空訓練実施
1944年 4月、岐阜陸軍航空整備學校奈良教育隊(奈良航空教育隊)設置
1945年 終戦。戦後接収を受け、連絡機用に滑走路延長

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コメント 2

鹿児島のこういち

当時も住宅街のそばだったのですね。近場にあるのは旧制中学校の学生が使うのには便利だったんしょうね。
by 鹿児島のこういち (2016-03-30 09:41) 

とり

■鹿児島のこういちさん
確かにそうですね~。
住宅の密集具合がすごいですね(@Д@)
by とり (2016-03-31 05:42) 

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