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元山(第二)飛行場跡地 [├国内の空港、飛行場]

     ( 訪 問 不 可 )   
 

元山 書き込み.png

前記事の続きです。

現在の硫黄島飛行場敷地西側部分、元山大地(標高110m)にあった「元山飛行場」。

例によって滑走路のアルファベットは勝手につけたものです。

A滑走路は資料によりますと、戦闘機用で700mとも800mともなっているのですが、

前出の軍令部作成の地図通りに作図して測ってみると、1,000mありました。

B滑走路は資料によりますと、使用されなかったと記されています。

 

前記事の通り、米軍は上陸作戦開始から4日後には千鳥飛行場を制圧し、

作戦開始から10日後の2月26日には当元山飛行場も米軍に奪われました。

米軍は当飛行場も整備して使用したと記録にあるのですが、

返還した年である1968年の航空写真では元山飛行場は跡形もなく、現在の硫黄島飛行場があるのみです。

防衛研究所収蔵資料「海軍航空基地現状表 内地之部 横須賀鎮守府所管航空基地現状表(昭和二十年八月調)」
の中で、当飛行場について一部次のように記載がありました。

基地名:第二硫黄島 建設年:1944 飛行場長x幅 米:1500x80 1200x80 1100x100 主要機隊数:小型2.0 主任務:作戦

 

元山(第二)飛行場跡地 map   


      東京都・元山(第二)飛行場跡地     

元山(第二)飛行場 データ

設置管理者:旧海軍
空港種別:軍用飛行場
所在地:東京都‎小笠原村‎硫黄島‎
座 標:N24°46′56″E141°18′48″
滑走路:
A:800mx50m(09/27)  1,000m?
B:1,300m(06/24)
*座標、磁方位、滑走路長はグーグルアースにて算出

沿革
1933年 海軍、戦闘機用飛行場(南北800m×200m)を仮設、以後逐次増強
1937年 完成
1945年 2月26日 元山飛行場陥落
       03月 硫黄島、米軍に占領される
1968年 06月 返還。海上自衛隊硫黄島航空基地分遣隊発足

関連サイト:
国土地理院 1978年12月当時の写真(CKT785 C3 5) (元山飛行場跡地周辺の写真)
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