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三保真崎水上飛行場跡地 [├国内の空港、飛行場]

  2015年7月 訪問 

無題0.png

静岡市清水区三保半島の突端にあった「三保真崎水上飛行場」。

これは三保に飛行場を造り、魚群探査事業を始めた根岸氏が追放されてしまった後の話です。

根岸氏が魚探事業を行ったのは、昭和2年~4年まで。

水産試験場広報誌「碧水」(38号 昭和61年12月)5pによれば、

根岸氏の後を継いで魚探に使用されたヒコーキは、ハンザ式単葉水上機で、

これは日本飛行学校所有、昭和5年6月10日~7月28日まで53回の飛行を実施。と記されています。

続けて、 昭和5年~13年まで海防義会より貸与された義勇8号、義勇9号

(中島式三座水上機 複葉、乗員3名、300馬力、巡航速度:130km/h、航続5時間)を使用したとあります。

戦史叢書95の付表には、「十五式水偵」とあり、発動機はヒスパノスイザ300馬力、2座、

全速93節(172km/h)、1葉半双浮舟、重巡の艦載射出用 とありました。

「碧水」では三座、戦史叢書ではニ座となっているのが気になったのですが、Wikiには、

「このほか、特殊な派生型として民間の魚群探検用機として三座化が行われた中島式漁業用水上機があり、第八義勇号と第九義勇号の2機が製造された。」

と記されていました。

魚探専用のスペシャルモデルだったのですね。

主に使用された義勇号は三人乗りで、操縦士、機関士、魚群を発見する魚見役(水試職員)が乗り込みました。

昭和6年から無線が搭載されたので、機関士が通信士も兼ねました。

無線装備の船がいち早く大漁したという記録もあります。

飛行範囲は、当初は駿河湾内に限られていたのですが、次第に湾内では魚群発見が難しくなり、

昭和9年頃から伊豆七島付近に飛行するようになったのだそうです。

 

根岸氏が魚探に使用していたのは陸上機。

根岸氏の後を継いで使用されたのは水上機ですから、滑走路は不要で、水上機の飛行場が新たに必要となります。

どこを使用したのかについては、静岡県立中央図書館だより 平成19年1.2月号の中で、

「三保真崎を基地にして探見飛行は継続されます」と記されています。

「三保真崎」とは、三保半島の北の突端の辺りのことですから、

魚探のための飛行場は、同じ三保半島の東海岸から北に移動したことになります。

真崎のドコを水上機の飛行場にしていたかについては、米軍作成の地図に格納庫も含めて位置が記されていました。

その地図に示されている場所を描いたのが上図です。

 

D20_0068.jpg

・A地点

水上飛行場があった辺り。

アジ歴の米軍作成の地図によれば、この砂浜の前面の海が「飛行機離着場」として設定されていました。



D20_0074.jpg

・B地点の格納庫があった辺りは個人宅敷地になっているのですが、もう少し陸側は東海大学海洋科学博物館になっていました。

 

魚探飛行用水上機の運用はこの場所で行われたので恐らく間違いないとして、

根岸氏から魚探事業を引き継いだ東京航空輸送の相羽氏は、昭和6年4月1日に東京から清水に定期航空便を就航させました。

この東京便に使用したのは、愛知時計電機のAB-1水上機でした。

で、この東京便は清水のドコを飛行場にしたかについてですが、

ネットでいろいろ検索すると、「清水港」と出てきます。

この清水港、流石「国際拠点港湾」に指定されているだけあって非常に大きくて、

港の一体ドコを定期便の飛行場にしていたのか見当もつかないのですが、

昭和6年4月1日の東京便初就航に先立って、3月29日に逓信大臣の試乗があり、

大臣とその息女、秘書官、エアガールがAB-1で清水に飛来したことが複数のサイトで確認できます。

そして特に「三保真崎水上飛行場に到着した」とするサイトもあります。

既に昭和5年からここで魚探飛行の実績がありますし、格納庫もありますし、

東京航空にとって、ここ三保真崎飛行場は本拠地なので、着水地点として当然と言えば当然かもしれませんが、

厳密に「清水港」はここの対岸部分で、お客さんの交通の便を考えると、

ここは半島の突端ですから、市街地から随分回り込まなければならず、不便です。

 

既に飛行場として施設の整っている運用側にとっての利便性をとるか、

それとも利用客の利便性を優先して新たに港のどこかに新たな飛行場を設けたのか、判断がつかない状態だったのですが、

この記事をアップする前に地元guchiさんから非常にタイムリーな情報を頂きましたm(_ _)m

テレビ番組で、「日本初のCA飛来」のテーマで三保水上飛行場跡地からライブ放送があったのだそうです。

番組中クイズで「当時はエアーガール」と呼ばれていた。とのことですから、これはまさに渦中の東京便の飛行場。

番組の中で「三保水上飛行場跡地」として登場していたのは、三保真崎でした。

ということで、根岸氏の後を継いだ相羽氏は、ここ三保真崎の水上機飛行場を、

魚探にも、そして東京便にも使用していたのではないかと思われます。

 

無題.png

清水港と三保真崎飛行場(A)の位置関係。

清水港は南北に非常に大きいですね。

 

DSC_0507.JPG

・B地点

guchiさんから船上からのお写真を送って頂きました。

三保真崎に着水した水上機からは、きっとこの景色をみていたはず。

 

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・C地点

一応真崎飛行場の対岸側から撮ってみました。

 

三保真崎水上飛行場跡地 map   


      静岡県・三保真崎水上飛行場跡地     

三保真崎水上飛行場跡地 データ

空港種別:水上機用飛行場
所在地:静岡県静岡市清水区三保
座 標:N35°01′06″E138°31′00″
*座標はグーグルアースにて算出

沿革
1930年6月 東京航空、水上機による魚群探見飛行開始
1931年4月 東京航空、東京都の定期便開始

関連サイト:
アジ歴(三保の地図)(22コマ)再生おじさんから情報頂きましたm(_ _)m
国土地理院 1948年9月当時の写真(USA R1807 2) (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック)  
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コメント 4

鹿児島のこういち

この場所は駿河湾に背を向けるような形になり、港にするとしてもいい場所ではないでしょうか。ここで水上機の離発着は正解なんでしょうね。
by 鹿児島のこういち (2015-11-27 10:58) 

me-co

ここにも立ち寄りましたよ。
元練習船?博物館の前で写真を撮りました。
津波の研究の実験モデル見て、「なんて恐ろしいんだ!」思ったものです。
<またまた本文に関係なくてスミマセン(_ _)m
by me-co (2015-11-28 01:28) 

guchi

とりさん
そこまで紹介されると・・・
とっても・・・お恥ずかしいです・・・
・・・ f(^-^>"
スマホの写真ですみません・・・
それと、静岡県民ですが、清水っ子でなくて・・・
清水の次郎長さん、すみません・・・ (^_^>"
by guchi (2015-11-28 17:43) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございますm(_ _)m

■鹿児島のこういちさん
確かにそういう意味で理想的な場所と思えますね^^

■me-coさん
>実験モデル
そんなものがあるのですね~。
しかし本当にいろんな所にお出掛けですね(@Д@)

■guchiさん
お伝えしました通り、民間機の飛行場は清水港か、三保真崎か、まったく判断が付かず、
両論併記とするところでした。
一度や二度いった程度では知りえない情報を頂けたおかげで記事を書き直すことができました。
オイラとしましては本当にありがたかったんです。
スマホでこんなキレイな写真撮れるんですね~。
(未だにガラケーとコンデジ、デジ一のとり)
by とり (2015-11-29 18:33) 

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