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京都深草練兵場跡地 [├国内の空港、飛行場]

  2012年10月、2016年6月 訪問 


2016/9/4追記:明るい時間帯にお邪魔して地図と写真を差し替えました

京都市‎伏見区にあった京都深草練兵場。

「航空路資料 第5 昭10-4 近畿地方不時著陸場」(下記リンク参照)の中に「京都練兵場」という資料があり、

そこから作図しました。

この情報はtuka@北海道さんから頂きました。tuka@北海道さんありがとうございましたm(_ _)m 

陸軍の練兵場なのですが飛行機との関わりは古くからあり、詳しくは沿革にまとめましたが、

大正2年、民間飛行士が大阪城東練兵場から当練兵場に飛来した他、アートスミスによる曲芸飛行も行われました。

また、戦時中は府内中学の滑空訓練に使用されました。

2014/9/7追記:アギラさんから情報頂きました。「航空年鑑昭和15年」大日本飛行協会編(昭和16年発行)「學校グライダー部一覽」(昭和15年10月現在)の中で、平安中學校滑空部、立命館中學校商業學校、池田町大谷中學校、京立第一工業學校、府立京都第一中學校、京都第三中學校、京都府中等學校グライダー部、京都市立第二工業學校が当練兵場を使用したという記録が残っています。アギラさん情報ありがとうございましたm(_ _)m 

DSC_0158.jpg

練兵場跡地の中央部にある四角の西浦中公園。

そのの外から着陸場方向。

現在跡地は住宅密集地になっていて、かつてここが練兵場であったとは想像できません。

DSC_0153.jpg

園内に碑があります。


      京都府・京都深草練兵場跡地     
「航空路資料 第5 昭10-4 近畿地方不時著陸場」の中で、「陸軍機と民間機がこの練兵場を頻繁に使用している」とありました

京都深草練兵場 データ
設置管理者:旧陸軍
所在地:京都府‎京都市‎伏見区‎深草西浦町3丁目‎
座 標:N34°57′35″E135°45′54″
着陸帯:600mx150m
方 位:04/22
標 高:22m
(座標、方位、標高はグーグルアースから)

沿革
1908年     京都練兵場となる
1913年05月 4日、民間飛行士武石浩波が大阪城東練兵場より初飛来。着陸に失敗して死亡
1915年01月 2日、大阪から飛来。翌3日離陸後間もなく墜落し、操縦士は即死
1917年04月 アートスミスによる曲芸飛行実施
1920年01月 観兵式で飛来
1938年06月 この頃府学務部が中学校の生徒の滑空訓練に使わせて欲しいと第16師団に対し、当練兵場使用申請
     08月 師団より、日曜日の午後なら使用を認めると返答
          これにより府内で滑空訓練を行うほとんどの学校が当練兵場を使用して滑空訓練を実施するようになる
1939年末   この年府の訓練校は13校
1949年    農地に転用

関連サイト:
国土地理院 1946年7月当時の写真(USA M205-A-8 30) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)   
「航空路資料 第5 昭10-4 近畿地方不時著陸場」  
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コメント 1

鹿児島のこういち

日本の航空史の最初の頃は、離着陸の失敗が多々あったのですね。
by 鹿児島のこういち (2013-01-15 11:05) 

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