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隈庄(隈之庄、舞の原)飛行場跡地 [├国内の空港、飛行場]

  2012年11月 訪問 

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熊本県熊本市城南町にある「火の君総合文化センター」。

この周辺はかつて陸軍の「隈庄(くまのしょう)飛行場」で、同センターの駐車場東側の出口の一角に碑があります。

 

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裏面に碑文がありました。

隈庄飛行場跡(全文) 隈庄飛行場は昭和十四年(一九三九年)から建設が始まり、現城南町をはじめ周辺市町村の沢山の人達が連日勤労奉仕作業に汗を流してつくられた。昭和一六年六月、大刀洗陸軍飛行学校隈庄教育隊が開設され、以来四年間に将校学生、下士官学生、少年飛行兵、特別操縦見習士官、特別幹部候補生の約壱千名のパイロットが巣立ち、各戦隊に配属され陸軍航空の中堅として活躍し、多くの若者達が大空に散華した。又近隣の町村から多数の男女が軍属として勤務した。戦局の推移に伴い飛行場は更に拡張整備され、実戦体勢に入り昭和二十年四月、教育隊は移転しかわって飛行第百十戦隊の基地となった。この戦隊は最新鋭重爆撃機飛龍で編成された陸軍爆撃隊の中核部隊で連夜沖縄作戦に出撃して多くの若者達が還らぬ人となった。然し戦いは好転せず、ついに昭和二十年八月十五日終戦を迎えた。戦後五十数年を経過してこの飛行場跡は、大部分は農地に解放され、工場、住宅団地、県の諸施設、町の体育施設や文化センターがつくられ、今や町の新しい活力の源泉地として変貌しつつある。かつて若者たちが大空の青春の夢を託し、或は祖国の防衛に挺身したこの飛行場が昭和の波乱を生きた歴史の一頁として後世に語り継がれることを願い万世の大平と若者達の鎮魂を祈念してここに「碧空に祈る」の碑を建立するものである。 平成九年七月吉日 大刀洗陸軍飛行学校隈庄教育隊会 陸軍飛行第百十戦隊会

 

隈庄(隈之庄、舞の原)飛行場跡地:map  


      熊本県・隈庄飛行場跡地      

隈庄(隈之庄、舞の原)飛行場 データ

設置管理者:旧陸軍
空港種別:陸上飛行場
所在地:熊本県熊本市城南町舞原394-1
座 標:N32°42′25″E130°44′27″
着陸帯:2,000m×1,300m
*座標はグーグルアースにて算出

沿革
1939年 着工。舞の原台地の200町歩を造成
1941年 06月 大刀洗陸軍飛行学校隈庄分教場開設
1943年 06月 大刀洗陸軍飛行学校隅庄教育隊と改称
1944年 07月 滑走路延長。掩体壕工事完成
1945年 02月 大刀洗陸軍飛行学校廃校
      04月 教育隊移転。 重爆隊飛行第百十戦隊の基地となる
      07月 第30戦闘飛行集団配当飛行場。
      08月 終戦時配備は第162飛行場大隊、第110戦隊(重爆)。飛行場跡が農地として解放される
1997年 07月 碑建立

関連サイト:
国土地理院 1947年3月当時の写真(USA M127 7) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)   
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この記事の資料:
現地の碑文
「熊本の戦争遺跡 戦後65年」


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