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北(上の、第三)飛行場跡地 [├国内の空港、飛行場]

    ( 訪 問 不 可 )   

第三.png

前記事の続きです。

硫黄島‎字北にあった「北行場」。

海軍が硫黄島に建設した三つの飛行場のうち、北側にあるから「北飛行場」なのだろうと思っていたのですが、

住所が字北でした。

住所からとったのか、三つの飛行場の位置関係からとったのか、不明なのですが、

地名の「北」だって、硫黄島の北部だから「北」かも。

また、千鳥飛行場が「下の飛行場」だったのに対し、当飛行場は「上の飛行場」、「第三飛行場」とも呼ばれていました。

防衛研究所収蔵資料「海軍航空基地現状表 内地之部 横須賀鎮守府所管航空基地現状表(昭和二十年八月調)」
の中で、当飛行場について一部次のように記載がありました。

基地名:第三硫黄島 建設年:1944 飛行場長x幅 米:1200x100 主要機隊数:小型0.5 中型1.0 主任務:作戦

 

「千鳥飛行場」の記事でも書きましたが、上図は昭和19年6月29日軍令部作成の地図を参考にしており、

それによると北飛行場はこんな形なのですが、

「実際に着工した形とは違い、東西一本だけの滑走路になっている」という説明がなされています。

つまり、実際にはこういう形ではなかった。

ということですが、北飛行場の正確な地図を見つけることが出来ず、

戦後硫黄島がアメリカから返還された1968年測量、撮影の地図と写真しか資料がありません。

そこに映っている滑走路を地図に落とすと、

 

北飛行場 書き込み.png

こんな感じ。

また、北飛行場について 「実際に着工した形とは違い」と説明されているということは、

昭和19年に測量した時点では未だ北飛行場は着工していなかったかもしれず、

資料によっては、「(日本軍は)当飛行場を使用していない」。と書いています。

 

滑走路の長さについては資料により 1,100mとも 1,200mとも記されているのですが、

作図の後グーグルアースで測ってみると、1,470mになりました。

1968年の地図では、既に滑走路は真ん中で分断されており、写真で見ても滑走路は大分溶けかかっています。

資料によれば、米軍が占領後、当北飛行場も整備して使用したようなのですが、

戦闘終了後、米軍が現滑走路(自衛隊が使用している現役の飛行場)を建設しました。

この大きな飛行場への集約が進み、北飛行場は千鳥飛行場同様、早々に放棄されたのではないかと考えています。

 

実は「北飛行場」についてネットで探すと、この滑走路の北側に斜めの短い滑走路がくっついている図が散見されます。

ある程度詳しい地図があれば作図しようかと思ったのですが見つかりませんでした。

硫黄島の地図/写真は、1911年(明治44年)測量の地図が最古のものとして閲覧できるのですが、

その後は一気に1968年まで空白期間になっています。

1968年の写真では、北飛行場の滑走路にくっついている斜めの短い滑走路の跡は、「もしかしたらこれかも」という程度の

微かな痕跡しか見つけることが出来ませんでした。

他の地域のように、戦後から継続的に写真を閲覧することが出来れば、この短い滑走路の位置について、

また、いつまで千鳥飛行場や北飛行場を使用していたか、ある程度見当をつけることができるはずなのですが、

残念ながら現状では、1968年の返還時には既にしばらく使っていなかった(らしい)。

ということしか分かりません。

次の記事で書きますが、現在使用中の飛行場は移設の方針であり、

もしかすると千鳥飛行場跡地や当北飛行場跡地に飛行場が移設することがあるかもしれず、

再びこの場所に滑走路が整備され、ヒコーキが飛ぶようになるかもしれません。

 

北(上の、第三)飛行場跡地 map   


      東京都・北(上の、第三)飛行場跡地     

北(上の、第三)飛行場 データ

設置管理者:旧海軍
空港種別:軍用飛行場
所在地:東京都‎小笠原村‎硫黄島‎北
座 標:N24°47′43″E141°19′19″
滑走路:1,470m
磁方位:07/25
*座標、磁方位、滑走路長はグーグルアースにて算出

沿革
1933年 海軍、戦闘機用飛行場(南北800m×200m)を仮設、以後逐次増強
1937年 完成
1945年 03月 米軍に占領される
1968年 06月返還。海上自衛隊硫黄島航空基地分遣隊発足

関連サイト:
国土地理院 1968年測量の地図(5000国土基本図 5000 14-OC-43) (北飛行場付近の地図)
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コメント 6

ジョルノ飛曹長

硫黄島は行く事が出来ませんが、一度見てみたい島なのであります。
空自に入隊すれば行けるんですが(笑)
by ジョルノ飛曹長 (2014-08-01 13:13) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございますm(_ _)m

■ジョルノ飛曹長さん
そうですね。
空自に入隊すれば(o ̄∇ ̄o)
by とり (2014-08-01 19:44) 

Takashi

映画「硫黄島からの手紙」は何度か見ましたが、摺鉢山ってこんな端にあったんですね。
硫黄島への飛行機は入間基地から飛ぶ場合もあるみたいです。
でも、普通じゃ行けないですよね。
by Takashi (2014-08-02 17:53) 

an-kazu

ココばっかりは、現地調査は困難ですね(´ε`;)ウーン…
by an-kazu (2014-08-03 09:01) 

アギラ

地図に米軍の沿岸警備隊があり今も占領中なのですね~。

普段は海外で空港施設を造っていた知人から
1度仕事で行ったことがあると昔、聞いたことがありました。
当時は丑三つ時が恐ろしそうな場所でしたので真剣には聞きませんでした。

調理関係ですと一般人も行けるみたいですが~。
by アギラ (2014-08-03 10:07) 

とり

■Takashiさん
オイラ未だ映画見てないんですよ~。
擂鉢山、出てくるんですね。
>入間基地から
そうみたいですね~。
空自では入間が硫黄島への窓口みたいですね。
そう知ってから、ぶーんと飛んでるYS-11見かけると、「硫黄島から帰って来たのかしらん」
なんて考えてしまいます。

■an-kazuさん
密○でもしない限りは…d( ̄∇ ̄*)☆\(--

■アギラさん
占領中ですね(´・ω・`)
調理関係なら行けるんですか。
ちょっと調理師免許とってくる!=(⊃゜Д゜)⊃
>丑三つ時
次の記事でちょっとその辺に触れさせて頂きます。
感受性の鈍いオイラは、普段ちょっとやそっとのグロで気持ち悪くなることはないです。
今回記事を作るにあたって随分いろんな資料見たんですが、
そんなオイラでも本気で吐きそうになりました。
「お国のために」とこれだけのことをした先人がいたのだという思いを強くしました。
by とり (2014-08-03 13:14) 

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