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加古川(尾上、三角)飛行場跡地 [├国内の空港、飛行場]

  2012年10月 訪問 

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兵庫県‎加古川市。オーミケンシ、日清鋼業、メガディスカウントストア等のある場所に、加古川(尾上)飛行場がありました。

地元ではその独特の形状から「三角飛行場」とも呼ばれていました。

2014/9/12追記:アギラさんから情報頂きました。「航空年鑑昭和15年」大日本飛行協会編(昭和16年発行)「學校グライダー部一覽」(昭和15年10月現在)の中で、加古川中學校々友會滑空部が当飛行場を使用していたという記録があります。アギラさん情報ありがとうございましたm(_ _)m 

 

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・A地点。

三菱製紙工場のくびれた煙突。

飛行の支障になるからと一旦切断されたものなのだそうです。

 

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・B地点。

某大型ディスカウントストア前。

オイラが立ち入れそうな滑走路跡地を探して、ここから撮りました。

 

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・C地点。浜の宮公園入口付近(以下3点同様)。

陸軍航空第百十四教育飛行連隊発祥之地碑

裏面に碑文がありました。

(全文)昭和十八年八月三十一日 戦闘第百一教育飛行連隊を基幹として編成 昭和十八年九月十九日 北支南苑に到着 同地に於いて戦闘機基本戦技操縦教育を実施 昭和十九年三月七日第十四教育隊と改称 部隊長陸軍中佐 浦川八郎 昭和二十年六月三日 特攻第百十一振武隊を沖縄西方海上に出撃散華せり 平成七年五月吉日 隼○一会会長 友成久徳

 

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陸軍航空通信学校尾上教育隊跡

 

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門柱らしきものが倒されていました。特に説明板等はありませんでした。

 

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・D地点。浜の宮公園内(以下3点同様)。

C地点から石畳に沿って奥に進んで行くと、右手にこんな基礎があります。

説明版がありました。

(全文)当公園内には、戦前、旧陸軍(大阪陸軍航空通信学校尾上教育隊)の兵舎が建設され、約1,500人の隊員が駐留していました。戦後間もなく建物は取り壊されましたが、最近まで数多くの基礎石が存在していました。ここにあの不幸な歴史を二度と繰り返さないことを誓い、基礎石の一部を保存し、後世に伝えることにしました。

 

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細かく区切られた不思議な遺構。

腰位の高さがあります。 何なんでしょうか。

 

加古川(尾上)飛行場跡地:map  


      兵庫県・加古川(尾上)飛行場跡地      

加古川(尾上)飛行場 データ

設置管理者:旧陸軍
空港種別:陸上飛行場
所在地:兵庫県‎加古川市‎尾上町池田‎
座 標:N34°44′12″E134°49′05″
滑走路:700m×100m,500m×100m,500m×100m
磁方位:01/19,12/30,14/32
*座標、磁方位はグーグルアースにて算出

沿革
1937年 開設

関連サイト:
Wiki/加古川飛行場   
国土地理院 1947年4月当時の写真(USA M265 45) (■→「同意する」→戻る→再度■をクリック)  
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