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■ヒコーキの雑談・リスト■  [├雑談]

2005年
空港がいっぱい (全国に空港、飛行場はいっぱいあるという話)
飛行場の跡地  (オイラの地元の飛行場跡地の話)
ボーイング王国日本(今後日本がボーイング王国になってしまうという話)
太平洋無着陸横断への挑戦(挑戦の様子を年表形式でまとめたような話)
岩手県・花巻空港(旧ターミナル運用当時
)(国道のすぐわきに空港があった話)    
3レターコード
  (3レターについての話)
飛行機の燃費節約(ヒコーキ流燃料節約術の話)
さようなら YS-11(YSについての話)

2006年
エコノミー席での背もたれ倒し(エコノミーで背もたれを倒すのはやめませんか?という話)
災害とヒコーキ (新潟中越地震とヒコーキの話)
一ヒコーキ好きの嘆き(ヒコーキマニアの自虐ネタの話)
日航機ニアミス判決(判決についての話)
ヒコーキはなぜ飛ぶか・1(空気はスゲー重いという話)
ヒコーキはなぜ飛ぶか・2(ヒコーキはスゲー軽いという話)
あなたもパイロットになれますか?(人を陥れる話)
ベルヌーイvsニュートン・1(ベルヌーイで世界中が納得しているかと思ったら大間違いという話)
ベルヌーイvsニュートン・2(ベルヌーイの疑問点の話)
ベルヌーイvsニュートン・3(それぞれの言い分の話)
乗客が全員力士だったら(それでもヒコーキは飛ぶか?という話)
大西飛行場のその後(大西さんの夢はまだまだ続いているという話)
戦闘妖精雪風・DVD(雪風カッコイイイイイ!という話)
「機長、コーヒーです」(自衛隊関係者の皆様、ゴメンなさいという話)
気をつけなくっちゃ(マスメディアのヒコーキ話には結構ツッコミどころが多いという話)
本当の幸せとは(パイロットもいろいろ大変。という話)
YS-11企画展@所沢航空発祥記念館(YSイベントの話)
鳥人間コンテスト(同コンテストについての妄想記事)
UFO(UFOの正体にするどく迫った記事・笑)
A380の翼面荷重(A380の翼面荷重を他機といろいろ比較してみた話)
ヒコーキ雲(ヒコーキ雲ができる条件の話)
羽田空港の駐車場(P1,P2)(P1,P2の利用法の話)

2007年 
ぼくは航空管制官(について熱く語った話)
ぼくは航空管制官2(同上)
空港ランキング(ビューベスト5)(今まで見た中で、眺めのよい空港の話)
空港ランキング(マニア度 ベスト5)(今まで見た中でマニアックだった空港の話)
空港ランキング(家族でドライブ ベスト5)(今まで見た中でドライブにお勧めな空港の話)
ボン社事故(Q400胴体着陸関連の妄想記事)
ヒコーキ好きにとって魅力的な空港(オイラ的魅力的な空港)      
新石垣空港建設計画
(建設決定 という話)      
ホンダエアポート/飛行船
(ホンダエアポートで飛行船を見学した話)      
石垣空港の跡地利用
(地元の方の懸念の話)      
PAN AM Tシャツ
(もらって嬉しかった話)
新潟空港阿賀野川側からの撮影情報
(解放して欲しい話)     
B787・1 開発開始までの迷走
(開発までを時系列で並べてみた話)      
B787・2 開発開始
(ロールアウトまでを時系列で並べてみた話)       
4レターコードの ”とり説”(改訂版)・1
(4レターの法則についての妄想話)
4レターコードの”とり説”(改訂版)・2(4レターの法則についての妄想話・2)
那覇~下地島 運休(エアトランセがコケてしまった話)     
ブログ紹介
(すごいお方のブログ紹介の話)     
波照間路線の今後
(エアードルフィンさん、引き継いでくれるの? という話)
名古屋空港事故(F-2事故の話)      
いわて花巻空港の展示物
(気になっていたものを確認した話)       
波照間路線の今後・2
(エアードルフィンさん、ありがとう!!という話)
妄想ドライバーの日々(運転中、パイロットになりきってる人の話)
波照間路線の今後・3(RAC波照間便廃止、という話)

2008年
交通機関とエコ その1(三乗の法則のちょっとおさらいの話)
交通機関とエコ その2(まずは船にダメ出しする話)
交通機関とエコ その3(列車にダメ出しする話)
交通機関とエコ その4(ヒコーキにダメ出しする話)
交通機関とエコ その5(鉄道活用の話)
岐阜県・各務原(各務原すげー!という話)
静岡空港(開港前)
(開港前に見に行った話)
羽田空港
(鶴丸ゲットした話)
ぼくは航空管制官3(ぼく菅3 出たよ!という話)
運休、廃止(福島空港、佐渡便の話)
ふくスカ桃祭り 2008・1(カンクリさんに会った話)
ふくスカ桃祭り 2008・2(室屋さんを見た話)
新サービス?(ここはドコ?という話)
ふくスカ・1(リンゴ祭り・午前の話)
ふくスカ・2(リンゴ祭り・午後の話)
旭伸航空(見納めの話)
映画 ハッピーフライト(珍しく映画の話)

2009年
空港探索について・1(ブログの路線変更の話)
空港探索について・2(優先順位の話)
バードストライク、FOD・1(用語の薀蓄話)
バードストライク、FOD・2(エンジンに金網張れない話)
バードストライク、FOD・3(鳥を追い払う苦労話)
バードストライク、FOD・4(エンジンの話)
バードストライク、FOD・5(またエンジンの話)
バードストライク、FOD・6(安心させる話)
787情報(787進捗情報の話) 
B787・3 ロールアウト以降のつまずき (ロールアウト以降の時系列の話)
787関連 衝撃の人事発表(恒例のお騒がせ話)
B787・4 概要(787スペックなどの話) 
Hotelicopter(壮大なスケールのエイプリルフール話) 
続・Hotelicopter(なんでこんなに壮大なことしたかの話)
羽田おきてん(羽田空港の変遷の話)       
アンケートのお願い
(メーカー、機種の人気投票の話)    
B787 6月にテストフライト  か?
(見事に裏切られた話)   
アンケートの結果です
(そのまんま結果発表の話)  
戦争遺構(なんで跡地を回っているのか、の話)     
ファーストクラスの世界・1
(行きの話)    
ファーストクラスの世界・2(戻りの話)   
ファーストクラスの世界・3(38,000円!!!! の話) 
787 エンジンテスト(787のエンジンの話) 
787 中間ガントレットテスト終了(初飛行の期待が高まっていた話)    
羽田D滑走路工事
(D滑走路を見学した話)  
羽田再拡張
(あちこち工事してる話) 
787初飛行延期
(トラブル発生!!! の話)  
東武小泉線物語
(小泉線変遷の話) 
東武小泉線西小泉駅
(西小泉駅周辺の話)      
熊谷~大幡・前編
(熊谷駅から歩いてみた話)  
熊谷~大幡・後編
(続きの話)   
787 いつになったら飛ぶの?
(豚よりは速く飛んで欲しい話)      
787 新スケジュール発表される
(今度は大丈夫??? という話)      
JALのこと・1
(コストをLCCと比較してみる話)     
JALのこと・2 安全確保
(整備費以外を削って欲しい話)    
JALのこと・3 日本の空にLCC
(LCCの運賃にビックリの話)    
Amazing Jumbo Landing!
(ヒコーキ動画の話)       
北方領土の飛行場
(上から丸見えの話)       
九州へ行った話
(社長に謁見した話)    
室谷さん@会津塩川バルーンフェスティバル2009
(ご家族の会話が面白かった話)      
それがマニア・1
(マニアの心理に鋭く迫った話 かな??)    
沈まぬ太陽
(JALに頑張って欲しい話)      
それがマニア・2
(自己診断の話)    
ヒコーキ版・今年の重大ニュース(アンケートのお願い)
(そのまんま今年の重大ニュースの話)    
ヒコーキ版・来年の重大ニュース(アンケートのお願い)
(来年に何に興味ある?? の話)     
787ファーストフライト スケジュール発表
(予定通り飛んでおくれ~ という話)   
787ファーストフライト
(やっと飛んだ話)    
B787・5 初飛行までの経緯
(初飛行までを時系列に並べた話)     
ヒコーキ版・今年の重大ニュース 結果発表
(投票ありがとうございました という話)    

2010年    
ヒコーキ版・今年気になるランキング(こちらもご協力ありがとうございました という話)   
佐賀空港のYS-11再び!! (またワイエスが見られるようになる。という話)    
羽田・1
(羽田空港を見学して来た話)       
羽田・2(続きの話)      
787は今年中にデリバリーできるのか?
(についてアンケートお願いの話)       
どの路線にデビューする? 787
(についてアンケートお願いの話)       
航空自由化と離島路線
(小難しい話)
鴨池飛行場(鹿児島のこういちさんからいただいた当時の貴重な情報とお写真の話)
モヒカンジェット(やっとモヒカンをゲットできた話)
ツェッペリンNT号 事業停止(飛行船の話)  
ヒコーキ二題(ヒコーキの話ふたつ)
717の話(そのまんま717の話)
787デリバリー またまた遅延(また遅れてしまった話)
LCCの話(そのまんまLCCの話)
成田空港の運用時間は何時間?(成田の運用時間は短い。という話)
羽田見学(国際線ターミナル見学の話)
ハブ空港・1 国内線ここまでの話(国内線のここまで話)
ハブ空港・2 「ハブ空港」=「大空港」?(ハブ空港の話)
「ハブ空港」・3 日本と「ハブ空港」(ハブでいろいろ妄想する話)

2011年    
787デリバリー 新スケジュール発表
(2011年第3四半期(7~9月)だそうですよという話
ハブとメーカー
(787と380の話)
「オペレーション・スターシップ」(エイプリル・フールネタ)
Q:どの位燃やされる?(久々の三択クイズ)
6周年(どうもありがとうございます)
A:どの位燃やされる?(三択クイズの続き)
B787、日本初飛来決定!(そのまんまの話)
二宮忠八とライト兄弟・1(思いつくままにいろいろ書いた話)
二宮忠八とライト兄弟・2(上に同じ)
ビードル号記念飛行(帰ってきたビードル号の話)    
787とウインドウォッシャー
(ついた話)
B787・6 デリバリー開始までの経緯(シリーズ完結の話)
787就航
(おろ・おろしさんおめでとうございます。という話)
日本とダグラス旅客機(ダグラス大好き~という話)

2012年     
ヒコーキの前後バランスの話
(ウエバラの話)
エンジン位置の話(意外といろいろ差が出る。という話)
HondaJet・1 年表(実は先の二つの記事は前フリだった話)
HondaJet・2 MH02(元祖HondaJetの話)
飛行場の場所を教えてくださいm(_ _)m(他力本願な話)
日本のジェットエンジン開発(エンジン開発の皆さん、頑張ってください!という話)
HondaJet・3 エンジン開発(実は前記事は前フリだった話)
翼の取り付け位置の話(いろんな事情の話)
HondaJet・4 OTWEM(「主翼上面エンジン配置」の話)
HondaJet・5 翼型(「自然層流翼型」の話)
沖縄の飛行場の変遷(沖縄にはたくさん飛行場があった話)
787の近況(大急ぎで作らないといけない話)
米国にエアバスの工場(受注競争に与える影響を心配する話)
秘匿飛行場
(本当にここだったのかしらん。という話)
HondaJet・6 機体の特徴など(シリーズ完結。という話)
787デリバリー1周年(次の1年で何機デリバリーできるかという話)
岩国錦帯橋空港(べっ、別に偶然開港前にたまたま前を通りかかっただけなんだからねっ! という話)

201     
787運行停止
(今のうちに膿を出し切って欲しい話)
787運行停止・その2(トラブルまとめの話)
787運行停止・その3(バッテリーの話)
787運行停止・その4(大人の事情の話)
A350XWB の近況(後発の利点を最大限活かしてる話)
枕崎空港廃止(寂しい話)
神風号亜欧連絡飛行・1(出発までの話)
神風号亜欧連絡飛行・2(その後の話)
787運行再開(やっと再開した話)
"重い"787(実は重かった。という話)
飛行の中の非日常(ヒコーキが怖くなる話)
八丈島の飛行場・補足(米軍もよくやるよ。。。という話)
787デリバリー2周年(OILMANさんおめどうございます。という話)
「君子は未然に防ぎ、嫌疑の間に處らず。瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず」(防空識別圏の話)

201   
福島空港とウルトラマン(福島空港を応援する話)
とり日記(ムック本に載った話)
広島ヘリポートのレターコード(ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。という話)
ANAの787(データ拾うのにすんごい苦労した割に地味な話)
桶川飛行場の「弾薬庫」のこと(奉安殿?? という話)
内閣中央航空研究所のこと(どんな研究所?? という話)
福岡第一飛行場
(離陸待機の話)
787デリバリー 3周年(いろいろ妄想が広がった話)
MRJ・1(祝・MRJロールアウト という話)
MRJ・2(続きの話)

2015年   
ヒコーキネタ(ヒコーキネタいろいろの話)
HondaJet ワールドツアー@岡南飛行場
(おろ・おろしさん ありがとうございます!! という話)
伊良部大橋開通(やっと開通したけれど…という話)
オバーの歌(不思議な歌の話)
御宿と銚子のVOR廃止(コース変更の話)  
祝! MRJ 初飛行(この先も頑張って欲しい話)   
根岸氏と水産試験場のこと(疑惑の話)   
Honda Jet デリバリー開始(\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/)   
続・根岸氏と水産試験場のこと(やっぱりそうだったっぽい話)   

2016年   
ANA、A380発注正式発表(ANAは別にA380の運航がしたい訳じゃないような気がする話)
セントレア二題(順調にすすむのかしらん。という話)  
磯子埋立地 1,500mのナゾ(いろいろ妄想した話)   
ボーイングのデリバリー数(もうすぐ500!という話)  
国交省、完全自動化旅客機導入の方針(エイプリルフールネタ)


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国交省、完全自動化旅客機導入の方針 [├雑談]

「国交省、自動操縦旅客機導入の方針」

USO通信・時事

 

深刻なパイロット不足

エアバスとボーイングの最新の受注残数は、今や小型機主流が時代の趨勢であることを如実に物語っている。

エアバスの受注残数は6,792機、そのうち単通路型のA320が5,580機と82%を占める。

受注数のほとんどが小型機で占められるこの傾向はボーイングの方がより顕著であり、

受注残数5,678機のうち、単通路型のB737は4,423機で、実に95%を占める。

-ボーイングが大西洋路線向け新型機開発をほぼ決定したらしい-

このニュースが業界を駆け巡ったのは記憶に新しい。

B797になるであろうこの新型機は、B787より更に小型の機体で、B737とB787の間を埋めるものとなる。

LCCの台頭と、LCCによる国内、国際線の新規利用者の掘り起こしも相まって、

小型機による多頻度運航化は現在すっかり当たり前のものとなった。

一般の利用客の利便性が高まる一方、

どんなに旅客機が小さくなり、多くの旅客機が飛び交うことになろうと、「パイロット2名乗務」という原則は変わらない。

このため運航便数が飛躍的に増加したことに伴い、パイロット不足が深刻になっている。

ボーイングが公表した「新規パイロット需要予測」によれば、

今後2032年までに世界で約50万人のパイロットが新たに必要になるという。

特に経済成長著しいアジア・太平洋での需要予測は19万人強と地域別で最も多く、世界全体の約4割を占める。

 

深刻な国内の状況

中でも日本は特有の問題を抱えており、事態はより深刻だ。

現在日本のパイロット年齢別構成比を見ると、

主要航空会社では40代のパイロットが飛びぬけて多く、一方LCCには高齢のパイロットが偏って在籍している。

このため、LCCのパイロット不足は現在既に深刻な問題であり、

加えて多数を占める40代のパイロットは、2030年以降大量退職が見込まれるという、いわゆる「2030年問題」がある。

パイロットの養成は一朝一夕という訳にはいかない。

訓練開始から機長になるまでには、約15年もの年月を要する。

加えて、教官、訓練用機材、訓練用施設の確保等、育成には莫大な費用の問題もあるため、

不足してから一気にどうにかなる問題ではなく、10年先、20年先を見越した長期計画が必要である。

このため日本におけるパイロット不足問題は、

「今すぐ手を打たないと、このままでは日本の航空交通が崩壊しかねない(国交省関係者)」

という状態であり、早急且つ抜本的な対策が求められる状況といえる。

これまで国内のパイロット不足については、「外国人パイロットのレンタル」が大きな柱の一つだったが、

これから先数十年は世界的にパイロットが不足するため、

今後はむしろこの方法が使えないという前提で対策を考えなければならない。

新卒者採用、自社養成も厳しい状況にある。

一昔前は、子供たちの人気職業ランキングにはパイロットが必ず上位にきていたが、

今の子供たちに「将来何になりたい?」と尋ねると、異口同音に「人気ユーチューバー!」という答えが返ってくる。

上空で強い紫外線を浴びる機会の多いパイロットは、

「皮膚ガンのリスクが増える他、シミ、シワ等お肌年齢に悪影響」という見方がすっかり浸透し、敬遠されがちだ。

 

「乗員政策等検討合同小委員会」

今後新しいパイロットがより多く必要になるのに、成り手が見つからない-

非常に厳しい現状を踏まえ、自動車の自動運転も所管する国交省が打ち出した対応策が、旅客機の完全自動操縦化。

現在の旅客機は既に自動化がかなり進んでいるが、それを更に進め、

パイロットが一切乗務しない運航方式を導入する方針。

先日、国交省航空局主催で、航空機主要メーカー、航空会社、現役パイロット、それぞれの各代表が集まり、

「乗員政策等検討合同小委員会」が開かれた。

コックピットが無人の旅客機で、安全な運航は果たして可能なのか。

現状と今後の予測についての説明の後、誰もが最も懸念するこの議題が扱われた。

 

米国の主要メーカーの主張

この点について、自信たっぷりに「我々なら十分可能です」と口火を切ったのは、

米国の主要メーカー(ボーイング、ノースロップ・グラマン)。

「我々は既に、無人の戦闘攻撃機(X-47B)で空母上での運用について、既に実証済みです(下記リンク参照)。

無人機は狭い空母の甲板上で、カタパルトまで移動し、発艦し、空中給油を行った後着艦し、所定の駐機スペースに戻ります。

更には自律的な空中戦までこなしました(X-45A)。

これに比べれば、広々とした空港から旅客機を運航させることなど、遥かに容易なことです。

無人機でこれだけの開発と実験を行ったのは、この分野で世界最先端の米国のみです。

近い将来旅客機の世界に完全自動操縦機が浸透する可能性について、我々は以前から注目しており、

そのための研究開発を継続しています。

我々が次世代の自動操縦化した旅客機を発表した時、米国製の旅客機が世界を席巻することになるでしょう」

 

エアバスの主張

米側のメーカーが豪語すれば、欧州のエアバスも黙ってはいない。

「A300の開発がひと段落した1970年代以降、我々は運航の自動化に向け、革新的な技術を次々導入してきました。

そしてこれらの技術革新は全て、『旅客機の無人運航(RMU:Ryokakki no Muzin Unkou)』に向けてのものだったのです。

世界中の民間機での実際の運航を通して、このRMU化に向けた着実なステップアップの歴史は既に40年にも及びます。

昨日今日オモチャを作って喜んでいるどこかの国のメーカーもあるようですが、

その開発はいずれも去年までに相次いで中止されているという点を、

彼らに代わり我々は皆さんに報告しない訳にはいきません。

言うまでもなく旅客機にとっては安全が何より優先されますが、

彼らと我々とでは、RMU化を進めるため実際の運航を通じて積み上げてきた実績がまるで違うのです。

RMU機が実際に運航を開始する時、「パイロットが乗らない旅客機なんて」と乗客が不安を感じるのは無理からぬことでしょう。

その点は我々も承知するところですが、エアバス機のこれまでの技術改革の延長線上にRMU化はあり、

しかもそれはもう手を伸ばせばすぐそこにあるものです。

我々はRMU化に向けた開発をこれまで同様続けてゆきます。

世界中の乗客が安心して乗りたいと望むのはどのメーカーの旅客機か、それは明らかです」

完全自動化の技術開発について欧米の主要メーカーの発言は自信のほどをうかがわせるものだった。

相手企業に対する対抗心露わな両陣営の姿勢は、自動操縦機開発を今後も押し進め、

是が非でも覇権を取りたいという強い思惑の表れでもある。

 

開発

実は旅客機の基本的な操縦そのものはそれほど難しいものではない。

「勘のいい人なら、一ヶ月程度で一応の操縦はできるようになるはずです(会議に参加した某現役パイロット)」。

これは操縦の自動化についても同様で、操縦技術の中でも最も難しいとされる着陸でも、自動着陸の技術は既にある。

しかし、難しいのは基本的な操縦以外の分野であり、旅客機の完全自動化に向けては、

単に基本的な操縦ができる以上のことが要求される。

まず、大小様々なトラブルが発生した時、即座に原因を見極め、適切な対処をしなくてはならない。

同時に様々な操作が求められる着陸と比較すると、離陸は決められた速度になったら操縦輪を手前に引けばよい。

それでも、パイロットにとって最も難しい、もしくは最も緊張するのは、しばしば離陸であるとされる。

加えて現在旅客機の運航には、経済性も厳しく求められ、

変動幅の大きい燃料費と、あまり変動しない保険料、駐機料、整備費、人件費等を総合的に勘案して、

巡航高度、巡航速度を決めなければならない。

更に乗客にとって快適な飛行となるための配慮も必要となる。

「同じフライトは1つとしてない」という言葉の通り、様々な条件下で安全性、経済性、快適性を追求し、

的確な判断を下せるようになるには、長い年月を要する。

機長になるのに15年もの経験が必要なのはそのためだ。

そして、それだけ経験を積んで晴れて機長に昇進しても、

新米機長とベテラン機長とでは、見る人が見れば、経済性、快適性に大きな差が出るという。

自動操縦旅客機が様々な条件を総合的に判断し、最適な判断を下すためには、

ソフト開発の際に膨大なアルゴリズムの構築が必要となるが、完成したプログラムが本当に適正なものかどうか、

大勢の乗客の命を預けて本当に不安がないものといえるかどうかは、

やはりパイロットの監視下で実際に繰り返し飛ばして試した方が良い。

このため国交省としては、一気にコックピットのない旅客機を導入するのではなく、

現行の旅客機に完全自動操縦のシステムを搭載し、

コックピットは残したままで、先ずは従来通り2名乗務で運航を続けたいとしている。

基本的にパイロットは操縦には一切かかわらず、コンピューター任せにするが、

万一コンピューターが何らかの不適切な判断をした場合は、即座にパイロットが主導権を奪うことが可能なシステムとする。

その上で、自動操縦システムのモニター役となり、基本的な動作の安定性、判断の的確性等を評価する。

実際の運航を通じて、パイロット、航空機メーカー/自動操縦システム開発社が共同でシステムの信頼性を高めたいとしている。

その後状況を見ながら、2名乗務→1名乗務→完全自動操縦 と進めたい考えだ。

メーカーによれば、最近の旅客機はどれも自動化が大幅に進んでいるため、

完全自動操縦システムを組み込む改修は、1機当たり1日程度で済む見込みであるという。

 

懇談会では 

前述の懇談会では、それぞれの立場から様々な意見が飛び交った。

パイロット代表として参加した某機長は、

「1万メートルでコ・パイに操縦を任せてお昼寝するのが最高に気持ちイイのになぁ。。。

1名乗務になったら、CAに起こしてくれるよう頼めばいっか~」と呟き、

それをうっかり隣席の航空会社側、航空局関係者に聞かれてしまい、「いま、なんて!?(怒)」と問い詰められ、

慌てて弁解する等、白熱した議論が続いた。

当初予定していた時間を大幅に延長して話し合いは続いたが、話は途中から思わぬ方に流れた。

「そういえば遠隔操作の無人機は既にたくさん飛んでますよね」

「それだ! 遠隔操作なら、旅客機もすぐに無人化できるじゃん!」

「でも1機飛ばすのにどうしてもパイロットは1名必要ですよね…」

「遠隔操作なら、同時に何機も操縦できる!」

「着陸が重なっちゃったらどうするんですか?」

「その時は1機を下ろしてる間、残りの画面は一時停止すれば大丈夫!」

「遠隔操作なら、わざわざ空港まで行かなくても、自宅でできるな~」

「巡航中はおこたでのんびりミカン食べながらテレビみたり~」

「巡航は倍速にしたり、スキップすればいいじゃん」

「おお、アタマいい!」

国交省の計画では、2018年中にJALとANAでそれぞれ10機程度に完全自動操縦のシステムを搭載して、

2名乗務で運航を開始、2019年に1名乗務、2020年に完全自動操縦機を本格導入したいとしている。

http://www.cnn.co.jp/storage/2016/10/21/eb3f7fff8524a089b5f1b85da7a7db29/airbus-flying-taxi-concept.jpg

【参考】エアバスがコンセプトデザインを公表した空飛ぶ無人タクシー「バハナ」

関連サイト:
X-47B発艦、着艦   
X-47B空中給油  
国交省発表「完全自動操縦旅客機について」プレスリリース■ 


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ボーイングのデリバリー数 [├雑談]

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2012年に「ボーイング旅客機 年別デリバリー数」という記事で作成したデータを久々に更新しました  

せっかくなのでこちらにも載せておきます。

数字は全てボーイング公式サイト 2016/10/16現在のものです。

以下、このデータでぐだぐだと。

 

表をご覧いただいての通りで、

年別で最も多くデリバリーされたのは、2015年にB737が叩き出した、495機となっております。

1日1機を優に超えるペースですね(@Д@)

1967年のデリバリー開始以来、既に半世紀が経過しているというのに、

その勢いは衰えるどころか、ここ4年連続で記録更新中です。

現在のところ総デリバリー数は、9,213機なのですが、バックログはなんと4,350機!(☆Д☆)

1万機を遥かに超え、更にデリバリー数を伸ばしていくであろう737。

2014年のプレスリリースでは、737の生産レートを2018年に月産52機にすると発表しており、

計画通りなら、年産数はナント624機に!

1日で2機弱ペースですね。

この驚異的な生産数でも、バックログを消化するのに7年を要する計算です。

ライバルであるエアバスA320NEOの存在があり、ボーイングとしては何としてもこの計画を遂行したいところでしょう。

 

一方、ワイドボディ機の年間デリバリー数についてですが、

こちらは1970年にジャンボが記録した92機が長いことずっと最多数でした。

2013年になって777が98機でやっとこの記録を塗り替えたのですが、

787が2014年に114機、2015年には135機で、立て続けに記録を更新しており、

これが現在のところボーイングワイドボディの年間最多記録となっています。

受注開始以降、民間航空機史上最速ペースで受注を伸ばしていった787。

いつだったかの記事で、「787は計画通り月産10機達成できるのかしらん」なんてこと書いたような気がするんですが、

2015年に135機ですから、達成したんですねヽ(*´ヮ`)ノ

ボーイング最新モデルの787ですが、もう500号機に手が届きそうなんですね。

早いものです。

こちらも737と同様A350というライバル機の存在があります。

一時期、度重なる開発の遅れから、受注が一部A350に流れるという出来事がありました。

このため2012年にノースチャールストンの第二工場でも787のデリバリーが始まりました。

北米大陸の西海岸と東海岸に分かれての生産体制ということで、大丈夫なのかしらん。と思っていたのですが、

2016年2月、この第二工場から100機目の787デリバリーがありました。

787の現在の生産レートは月12機なのですが、ボーイングは2020年までにこれを14機に引き上げるとしており、

日本の787関連企業でもこの増産に向けた工事が既に始まっています。

787は894機ものバックログを抱えており、順調に生産レートを伸ばしても、これを全て消化するのに約6年かかります。

787の総受注数は1,361機に達しており、これで(生粋の)ボーイング旅客機は全モデル1,000機超え確定です。

 

現在ボーイング機の主な生産は、737、777、787の3機種にほぼ収斂していますが、

747と767の生産もまだ続いており、

747は、-8が9機、-8Fが6機のバックログ、

767は、-2Cが23機、-300Fが73機のバックログを抱えています。

787の生産が軌道に乗ったら、767は早々に生産終了かと思ってたんですけど、まだしばらく767の生産続くんですね~。


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磯子埋立地 1,500mのナゾ [├雑談]

1,500m??

前記事を2行でまとめると、

太平洋無着陸横断に挑んだタコマ市号が横浜港に到着し、

磯子町の市電埋立地から無事霞ヶ浦飛行場に飛び立った。

となります。

ところで。

実は複数の資料、サイト内で、1組目の挑戦者であるブロムリーとゲッティーは、当時の神奈川県知事に対し、

1,500mの滑走が可能な市内の離陸場所を見つけてほしい」と依頼した。と記されています。

そしてその要望に応じて提供されたのが、磯子の埋立地である。と続いています。

で、前記事でも載せましたが当時の磯子埋立地で滑走できそうな長さはどの程度かというと-

無題.png
1931年測量の地図 (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック。) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)  

埋立地そのものは525m位あるのですが、北側は既に建物が建っているため、

滑走路として使えそうなのは、なんとたったの385mしかないのです。

余談ですが、プロムリーの飛行から10年後、東隣に「根岸飛行場」が完成しました。

ヨコハマは本当に飛行場だらけ!

実際に滑走路可能な範囲を囲むとこんな感じ。

そして埋立地の南端から1,500mだと、どこまで達するかというと-


無題b.png
1931年測量の地図 (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック。) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)  

こうなります。

流石大都市横浜。

1931年にして既に21世紀のオイラの地元駅以上に周辺には建物がギッシリと埋め尽くしており、

とてもヒコーキが滑走するような雰囲気ではありません。



現在だとこんな感じ。

埋立地そのものがたった525mしかないところに1,500mですから大きく飛び出してしまい、

「横浜市立滝頭小」まで達してしまうのです。

「1,500mの滑走が可能な市内の離陸場所を見つけてほしい」という依頼に対し、

提供したのが400m弱では短過ぎにも程があり、日米問題にまで発展しそうです。

ゴジ〇じゃあるまいし、 「横浜市立滝頭小」から海に向かってヒコーキが滑走するなどあり得ないことは明白です。

一体どうした事でしょうか??

 

という内容を(ゴ〇ラの件は省いてもっと簡潔に)「離陸場所は磯子埋立地」と教えて頂いた

「横浜市中央図書館レファレンスサービス」様にお伝えし、「この件で何か手がかりになる資料はありませんでしょうか?」

と再びお尋ねしてみました。

そして様々調べて頂いたのですが、結論を2行でまとめますと、

「様々な資料からすると、やはり埋立地内で滑走したと思われ、確かにこれは矛盾しているように見える。

当時の新聞記事で1,500mと出てくるが、どうしてこの数字なのかは不明」

とのことでした。

レファレンスサービス様が多方面から調査した過程で知り得た内容も教えて頂いたのですがその中に、

この"1,500m問題"の発端と思えるものがありました。

「横濱貿易新報」1930年8月19日付の記事にこうあります。

「元来アノ埋立地はギリギリ一ぱいで千三百米突(メートルとルビ・以下同様)しかない。中尉は千五百米突欲しいと云ふ。此二百米突を南風で補つて離陸するのだと中尉は云ふ。」

「米突」とは見慣れない言葉だったのですが、「メートル」の当て字なんですね。

この記事が載せられた1930年8月19日とは、タコマ市号が磯子を離陸した日です。

「1,500m」という、一見突拍子もないように思える数字は確かにここに載っていました。

後日オイラも市立図書館にお邪魔して、横浜貿易新報の当時のマイクロフィルムを閲覧させて頂いたのですが、

タコマ市号関連で「千五百米突」という数字が紙面に出たのはこの1回きりでした。

レファレンスサービス様は、当時の他紙、他の書籍にも当たってくださったのですが、

それでも千五百米突という具体的な数字は結局この1つしか見つかっていません。

レファレンスサービス様の見解は、

「磯子区1988年発行の書籍(浜・海・道 あの頃、そして今…磯子は)、区の関連サイトはじめ散見される

"1,500m"という数字はこの新聞記事が情報源になっていると思われる」

というものでした。

タコマ市号離陸当日の地元紙に「千五百米突」と書かれれば、そりゃその数字が出回りますよね。

 

妄想話

磯子埋立地の滑走可能距離が実際は385mしかないにも関わらず、1,500mという数字が書籍、サイト内で散見される。

これは、離陸当日の地元紙に1,500mという数字が記されていたためであると思われる。

ここまでを2行でまとめますとこうなります。

ではどうして横濱貿易新報にこんなあり得ない数字が出てきたのか考えてみました。

ココから先は完全にオイラの妄想話ですので、話半分で読んでください。

繰り返しになりますが問題の「横濱貿易新報」の中では、

「元来アノ埋立地はギリギリ一ぱいで千三百米突しかない。中尉は千五百米突欲しいと云ふ。

此の二百米突を南風で補って離陸するのだと中尉は云ふ。」

と記されています。

 

~本当は1,500m欲しいけど、埋立地は最大でも1,300mしかない~

 

実際の埋立地の長さは、最大でも525m。滑走可能距離は最大385m。

どうしてこの埋立地から1,500mとか1,300mとかいう数字が飛び出すのか。。。

いろいろ考えた挙句にハタと思いついたのは、(もしかしたら、新聞記事は単位を間違えたかもしれない)ということでした。

ブロムリーとゲッティーはアメリカ人です。

アメリカでは滑走路の長さをフィートで表します。

1フィート(以下ft)=0.3048m として計算すると、

1,300ft≒396.24m

1,500ft≒457.2m 

となります。

記者がフィートをメートルと間違えたと仮定して換算するとこうなります。

「本当は457.2m欲しいけど、埋立地は最大でも396.24mしかない」

これなら埋立地の実際の滑走可能距離(385m)とほぼ一致し、話の辻褄が合います。

実は当時のタコマ市号関連の新聞記事の中では、長さを表す単位として「間」と「米突」が混在しています。

新聞記者がブロムリー/ゲッティーと実際にやりとりをした際は、

フィート法に基づいた1,500とか1,300という数字が出てきたはず。

米国人の彼らの口から出てくるフィートの数字を、紙面では「間」か「米突」に換算しなければなりません。

3つの単位が混在した結果の換算ミスだったのではないか。

そう考えたオイラは、横浜市立図書館でマイクロフィルムを閲覧させて頂いた際、

「千五百米突」と書いた翌日の記事で訂正がないだろうか。とも考えていたのですが、

離陸翌日以降もタコマ市号関連の記事はいくつかあるものの、訂正は入っていませんでした。

余談ですが、磯子区のサイト内にこの磯子埋立地での一件について扱ったページがあり、

その中でも「離陸に必要な1,500mとれる場所を提供して欲しい」的な一文があります。

で、磯子区様にここまでの内容を(もっと簡潔に)メールしてみました。

(大きなお世話だったかしらん(´・ω・`) )と思っていたのですが2日後に区役所の方から、

「記事修正し、距離の記載は取りやめました」とお返事頂いたのでした。

 

~~以下、完全に物理の話~~

結局彼らは霞ヶ浦ではなく、青森県の淋代海岸から太平洋横断を試みるのですが、1,700m滑走して離陸しています。

「1,700mも滑走して離陸したのに、磯子ではたったの385mで離陸できるものなのか」

ということをいろいろ妄想してみました。

「なんか面倒臭いからもう読むの止めた!」という賢明な方のために、結論を先に書きます。

「385mでも飛べたはず!」(結論終わり)。

 

余談ですが、「横濱貿易新報」8月23日付には「太平洋横断機の飛行コース指定」という見出しの元に、

逓信省と軍部の協議の結果、太平洋横断飛行コースを決定したとあり、具体的には、

「霞ヶ浦から水戸に出て海岸線を岩手県宮古に直行それより東経百四十一度四十分を北海道落石に出て千島の東をアリューシャン群島に向かふ(千島の上空は飛行禁止)」

とありました。


地図にするとこんな感じ。

茨城からアメリカに向かう場合、すぐさま太平洋に出て一直線に東進したくなりますよね?

「北海道をかすめて飛ぶように」という指示を聞くと、なんだかすごく大回りな気がしますが、

大圏コースで見るとそんなこともないですね。

前述の通りブロムリ―は青森の淋代から飛んだので、この霞ヶ浦を出発地とする飛行コースは結局使いませんでした。

淋代からの飛行コースにも何らかの指定がついたのではないかと思うのですが、不明です。

グーグルアースで測ってみると、淋代海岸→タコマ市の(大圏コースでの)直線距離は、7,250km。

使用機はタコマ市号(正式名称:エムスコB-3)という単葉機で、

彼らは1,020ガロン(約3,861ℓ)のガソリンを搭載し、総重量は5.5tでした。

これでオイラに分かる範囲でいろいろ計算してみます。

 

当時どんなガソリンを使っていたか分からないため、普通にガソリンの比重:0.75として計算すると、

タコマ市号は3,861ℓ≒約2.9tのガソリンを搭載していたことになり、総重量の半分強をガソリンが占めていたことになります。

当時のヒコーキはオイルの消費も激しかったので、飛行時間に比してオイルもタップリ積む必要がありました。

タコマ市号の資料がないため参考値ですが、零戦は型により増槽タンク無しで480ℓ~570ℓの燃料を積めたのに対し、

オイルタンクは60ℓでしたから、燃料に対して1割強のオイルを積んでいました。

ガソリンエンジン用のオイルの比重は0.86~0.90位で、ガソリンより少し重いです。

強引ですが、これをそのままタコマ市号に当てはめ、 3,861ℓのガソリンに対し、420ℓのオイルを積んでいたとすると、

オイルの重量は0.37t程度になります。

このことから、タコマ市号のガソリン、オイルを抜いた重量は、おおよそ2.23t(5.5t-2.9t-0.37t=2.23t)となります。

 

対して磯子埋立地→霞ヶ浦飛行場(海軍の航空基地)は、直線距離で86km。

アメリカ行きと比較して飛行距離は1/84なので、

搭載燃料とオイル搭載量も単純に1/84にすると、それぞれ34kgと4.4kgとなります。

タコマ市号のガソリン、オイルを抜いた重量2.23tにこれを加えると、2.27tとなります。

これはアメリカ行きの総重量(5.5t)の41%です。

当然搭載燃料、オイルには充分の余裕を持たせたでしょうが、

前記事の通り、滑走路の長さが少し足りず、2日間南風待ちをしたとありますから、

そんなにタップリとは積めなかったはずです。

横浜貿易新報8月20日付は、タコマ号が19日に無事霞ヶ浦に到着した様子を写真付きで伝えているのですが、

機体を思う存分軽くして空中輸送をしたため、荷物を1つも積んでいないので、今日は横浜に引き上げ明朝霞ヶ浦に引っ越してくる。

というプロムリー中尉のインタビュー記事が載っていました。

重量を軽減するため、必要な荷物も積めないほどの切り詰め方をしていたことが窺えます。

太平洋横断時は必要な荷物、水、食料を積んだはずですから、もう少し重くなったはず。

実は搭載燃料量、総離陸重量の計算はものすごく複雑で、

離陸開始から巡航高度に達するまでの燃料消費が最も激しいから、

飛行距離が1/84だから燃料も1/84で済むなどという単純な話ではない。とか、

燃料を大量に積むと、その大量の燃料に位置/運動エネルギーを与えるため更に燃料が必要なのだ。

とかいろいろあり、とてもオイラのような一般人の手には負えません。

また、淋代→タコマ市の飛行コースにも指定がついて飛行距離は若干伸びたかもしれない等々いろいろあってキリがないため、

磯子→霞ヶ浦飛行場の飛行の際、離陸前重量は、太平洋横断時の41%(2.27t)として以下話を進めます。

 

ヒコーキの離陸滑走を物理的に考える際、関係する基本的な公式が幾つもあるのですが、

切っても切れない3要素として先ずは、加速度、力、質量があります。

この3つの関係は、 

a(加速度)=F(力)÷m(質量)  

という式で表されます。

それぞれの数値は、掛け算割り算で変化するということですね。

仮に総重量(質量)が半分とすると、 この公式に当てはめるならば、離陸滑走時の加速度は倍になります。

加速度が倍になると、単純に滑走距離が半分で済む(この式には摩擦が入っていないので等加速度)ことになります。

霞ヶ浦行きの離陸前重量が太平洋横断時の41%(2.27t)とすると、加速度は2.44倍になり、

同じ速度に達するのに必要な滑走距離は697mで済みます。

 

加えて離陸について考慮する際に必要な要素として、揚力と速度の関係があります。

揚力は速度の二乗に比例する

という式があり、これは「揚力をより多く発生させるには、その分だけ速度を上げなければならない」ということです。

上の加速度の計算では、太平洋横断時と同等の離陸速度に達するのに、重量が41%なら、

697mの滑走でオッケーと出ましたが、そもそも重量が41%なら、そこまで増速せずとも離陸可能ということです。

これで滑走距離はもっと縮まりました。

 

更に、

空気抵抗は速度の二乗に比例する

という式があり、これは、「速度が上がるごとに空気抵抗が二乗倍で増える」ということです。

総重量が重いと、それだけ余計に速度を上げなければ離陸できないのは前述の通りですが、

重さのせいでただでさえ鈍い加速は、滑走速度が増すごとに空気抵抗が二乗倍で増えてゆき、みるみる鈍ってゆきます。

スロットルレバーを一杯まで押して滑走を開始し、そのままエンジン全開の状態にし続けたとしても、

速度計の針は、その上がり方が徐々に鈍ってゆきます。

ヒコーキに乗った方は、離陸滑走の際、最初は背中が背もたれにすんごい勢いで押さえつけられていたのが、

徐々に和らぐ感じがするのではないでしょうか。

アレは体が加速に慣れたのでも、ましてやパイロットが最初だけ本気出して乗客をビビらせようとしているのでもありません。

二乗倍で増えるという空気抵抗の式のせいです。

高速道路で100km/hで走行中、窓から手や足を出したことのある方は、その空気抵抗の凄さを実感しておられると思います。

現代の旅客機の離陸速度は240~300km/hにも達するので、100km/hでも凄い空気抵抗は、

300km/hの時はなんと9倍(300km/hは100km/hの3倍だから、3の二乗倍=9)にも達します。

CAさんの言いつけをちゃんと守り、危ないですから飛行中は窓から手や足を出さないが良いです。

こんな大きな壁がヒコーキの前に立ちはだかって巨大な抵抗となる訳で、

結果として加速度は徐々に鈍り、必要滑走距離は二乗倍に比例して延びてしまうことになります。

 

要するに、

燃料を満載し、鈍い加速で、それでもうんと速度を上げなければならず、1,700m走ってどうにか離陸速度に達した機体は、

重量が41%になれば、あっという間に加速して、低い速度でもサッと離陸可能。

ということです。

そこに風の力も借りれば、385mあればなんとかなるのではないかと思います。
 

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セントレア二題 [├雑談]

 

787展示施設

2015年7月、ボーイングからセントレアに787が1機寄贈されました。

これは飛行試験初号機(ZA001)という記念すべきものです。

ちなみにANAカラーの7872号機(ZA002)はアリゾナ州ピマ航空博物館が、

3号機(ZA003)はシアトルのミュージアム・オブ・フライトが、それぞれ譲り受けています。

セントレアは2016年3月31日、「この787飛行試験初号機の屋内展示を核とした、複合商業施設を整備する」と発表しました。

展示エリアでは教育的コンテンツも併設することで、若年層の航空への興味を喚起し、

次世代を担う人材育成に資する等、地域への貢献にも繋げていく計画です。

加えて商業エリアでは、シアトルを中心としたアメリカの雰囲気を演出し、

魅力的な飲食、物販店舗の展開を検討しているのだそうです。

 

建設予定地は中部国際空港の南側立体駐車場近接地、2017年度下期開業を予定しています。

本家ボーイングサイト によりますと、2016年4月現在の787の最新デリバリー数は380機でした。

2011年のデリバリー開始からもうそんなになっていたのですね。

しかも2015年は135機を達成しています(@Д@)

ボーイングは今後も月産レート引き上げを予定しており、続々と787が生産される予定です。

■ボーイング787ドリームライナー「ZA001」
客室仕様:テスト飛行仕様
初飛行:2009年12月15日
最終飛行:2015年6月22日
最終到着地:中部国際空港
テスト飛行時間:計1,363時間
テスト回数:525回以上
地上試験:計1,464時間
エンジン:ロールスロイストレント1000
試験項目:耐空性・フラッター・システム及び低速性能・安定性とコントロール・フライトコントロール等を含む航空力学機能

 

LCCターミナル

またセントレアは2016年3月31日、LCCターミナル新設決定を発表しました。

建設場所は現ターミナルビルの南側の臨時駐車場で、LCCターミナルビルと駐機場(小型機5機+共用スポット拡張)。

2017年度に設計に着手し、2019年夏までに開業予定だそうです。

2本目の滑走路建設を目指しているセントレア。今後も動向が楽しみです。


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