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■ヒコーキの雑談・リスト■  [├雑談]

2005年
空港がいっぱい (全国に空港、飛行場はいっぱいあるという話)
飛行場の跡地  (オイラの地元の飛行場跡地の話)
ボーイング王国日本(今後日本がボーイング王国になってしまうという話)
太平洋無着陸横断への挑戦(挑戦の様子を年表形式でまとめたような話)
岩手県・花巻空港(旧ターミナル運用当時
)(国道のすぐわきに空港があった話)    
3レターコード
  (3レターについての話)
飛行機の燃費節約(ヒコーキ流燃料節約術の話)
さようなら YS-11(YSについての話)

2006年
エコノミー席での背もたれ倒し(エコノミーで背もたれを倒すのはやめませんか?という話)
災害とヒコーキ (新潟中越地震とヒコーキの話)
一ヒコーキ好きの嘆き(ヒコーキマニアの自虐ネタの話)
日航機ニアミス判決(判決についての話)
ヒコーキはなぜ飛ぶか・1(空気はスゲー重いという話)
ヒコーキはなぜ飛ぶか・2(ヒコーキはスゲー軽いという話)
あなたもパイロットになれますか?(人を陥れる話)
ベルヌーイvsニュートン・1(ベルヌーイで世界中が納得しているかと思ったら大間違いという話)
ベルヌーイvsニュートン・2(ベルヌーイの疑問点の話)
ベルヌーイvsニュートン・3(それぞれの言い分の話)
乗客が全員力士だったら(それでもヒコーキは飛ぶか?という話)
大西飛行場のその後(大西さんの夢はまだまだ続いているという話)
戦闘妖精雪風・DVD(雪風カッコイイイイイ!という話)
「機長、コーヒーです」(自衛隊関係者の皆様、ゴメンなさいという話)
気をつけなくっちゃ(マスメディアのヒコーキ話には結構ツッコミどころが多いという話)
本当の幸せとは(パイロットもいろいろ大変。という話)
YS-11企画展@所沢航空発祥記念館(YSイベントの話)
鳥人間コンテスト(同コンテストについての妄想記事)
UFO(UFOの正体にするどく迫った記事・笑)
A380の翼面荷重(A380の翼面荷重を他機といろいろ比較してみた話)
ヒコーキ雲(ヒコーキ雲ができる条件の話)
羽田空港の駐車場(P1,P2)(P1,P2の利用法の話)

2007年 
ぼくは航空管制官(について熱く語った話)
ぼくは航空管制官2(同上)
空港ランキング(ビューベスト5)(今まで見た中で、眺めのよい空港の話)
空港ランキング(マニア度 ベスト5)(今まで見た中でマニアックだった空港の話)
空港ランキング(家族でドライブ ベスト5)(今まで見た中でドライブにお勧めな空港の話)
ボン社事故(Q400胴体着陸関連の妄想記事)
ヒコーキ好きにとって魅力的な空港(オイラ的魅力的な空港)      
新石垣空港建設計画
(建設決定 という話)      
ホンダエアポート/飛行船
(ホンダエアポートで飛行船を見学した話)      
石垣空港の跡地利用
(地元の方の懸念の話)      
PAN AM Tシャツ
(もらって嬉しかった話)
新潟空港阿賀野川側からの撮影情報
(解放して欲しい話)     
B787・1 開発開始までの迷走
(開発までを時系列で並べてみた話)      
B787・2 開発開始
(ロールアウトまでを時系列で並べてみた話)       
4レターコードの ”とり説”(改訂版)・1
(4レターの法則についての妄想話)
4レターコードの”とり説”(改訂版)・2(4レターの法則についての妄想話・2)
那覇~下地島 運休(エアトランセがコケてしまった話)     
ブログ紹介
(すごいお方のブログ紹介の話)     
波照間路線の今後
(エアードルフィンさん、引き継いでくれるの? という話)
名古屋空港事故(F-2事故の話)      
いわて花巻空港の展示物
(気になっていたものを確認した話)       
波照間路線の今後・2
(エアードルフィンさん、ありがとう!!という話)
妄想ドライバーの日々(運転中、パイロットになりきってる人の話)
波照間路線の今後・3(RAC波照間便廃止、という話)

2008年
交通機関とエコ その1(三乗の法則のちょっとおさらいの話)
交通機関とエコ その2(まずは船にダメ出しする話)
交通機関とエコ その3(列車にダメ出しする話)
交通機関とエコ その4(ヒコーキにダメ出しする話)
交通機関とエコ その5(鉄道活用の話)
岐阜県・各務原(各務原すげー!という話)
静岡空港(開港前)
(開港前に見に行った話)
羽田空港
(鶴丸ゲットした話)
ぼくは航空管制官3(ぼく菅3 出たよ!という話)
運休、廃止(福島空港、佐渡便の話)
ふくスカ桃祭り 2008・1(カンクリさんに会った話)
ふくスカ桃祭り 2008・2(室屋さんを見た話)
新サービス?(ここはドコ?という話)
ふくスカ・1(リンゴ祭り・午前の話)
ふくスカ・2(リンゴ祭り・午後の話)
旭伸航空(見納めの話)
映画 ハッピーフライト(珍しく映画の話)

2009年
空港探索について・1(ブログの路線変更の話)
空港探索について・2(優先順位の話)
バードストライク、FOD・1(用語の薀蓄話)
バードストライク、FOD・2(エンジンに金網張れない話)
バードストライク、FOD・3(鳥を追い払う苦労話)
バードストライク、FOD・4(エンジンの話)
バードストライク、FOD・5(またエンジンの話)
バードストライク、FOD・6(安心させる話)
787情報(787進捗情報の話) 
B787・3 ロールアウト以降のつまずき (ロールアウト以降の時系列の話)
787関連 衝撃の人事発表(恒例のお騒がせ話)
B787・4 概要(787スペックなどの話) 
Hotelicopter(壮大なスケールのエイプリルフール話) 
続・Hotelicopter(なんでこんなに壮大なことしたかの話)
羽田おきてん(羽田空港の変遷の話)       
アンケートのお願い
(メーカー、機種の人気投票の話)    
B787 6月にテストフライト  か?
(見事に裏切られた話)   
アンケートの結果です
(そのまんま結果発表の話)  
戦争遺構(なんで跡地を回っているのか、の話)     
ファーストクラスの世界・1
(行きの話)    
ファーストクラスの世界・2(戻りの話)   
ファーストクラスの世界・3(38,000円!!!! の話) 
787 エンジンテスト(787のエンジンの話) 
787 中間ガントレットテスト終了(初飛行の期待が高まっていた話)    
羽田D滑走路工事
(D滑走路を見学した話)  
羽田再拡張
(あちこち工事してる話) 
787初飛行延期
(トラブル発生!!! の話)  
東武小泉線物語
(小泉線変遷の話) 
東武小泉線西小泉駅
(西小泉駅周辺の話)      
熊谷~大幡・前編
(熊谷駅から歩いてみた話)  
熊谷~大幡・後編
(続きの話)   
787 いつになったら飛ぶの?
(豚よりは速く飛んで欲しい話)      
787 新スケジュール発表される
(今度は大丈夫??? という話)      
JALのこと・1
(コストをLCCと比較してみる話)     
JALのこと・2 安全確保
(整備費以外を削って欲しい話)    
JALのこと・3 日本の空にLCC
(LCCの運賃にビックリの話)    
Amazing Jumbo Landing!
(ヒコーキ動画の話)       
北方領土の飛行場
(上から丸見えの話)       
九州へ行った話
(社長に謁見した話)    
室谷さん@会津塩川バルーンフェスティバル2009
(ご家族の会話が面白かった話)      
それがマニア・1
(マニアの心理に鋭く迫った話 かな??)    
沈まぬ太陽
(JALに頑張って欲しい話)      
それがマニア・2
(自己診断の話)    
ヒコーキ版・今年の重大ニュース(アンケートのお願い)
(そのまんま今年の重大ニュースの話)    
ヒコーキ版・来年の重大ニュース(アンケートのお願い)
(来年に何に興味ある?? の話)     
787ファーストフライト スケジュール発表
(予定通り飛んでおくれ~ という話)   
787ファーストフライト
(やっと飛んだ話)    
B787・5 初飛行までの経緯
(初飛行までを時系列に並べた話)     
ヒコーキ版・今年の重大ニュース 結果発表
(投票ありがとうございました という話)    

2010年    
ヒコーキ版・今年気になるランキング(こちらもご協力ありがとうございました という話)   
佐賀空港のYS-11再び!! (またワイエスが見られるようになる。という話)    
羽田・1
(羽田空港を見学して来た話)       
羽田・2(続きの話)      
787は今年中にデリバリーできるのか?
(についてアンケートお願いの話)       
どの路線にデビューする? 787
(についてアンケートお願いの話)       
航空自由化と離島路線
(小難しい話)
鴨池飛行場(鹿児島のこういちさんからいただいた当時の貴重な情報とお写真の話)
モヒカンジェット(やっとモヒカンをゲットできた話)
ツェッペリンNT号 事業停止(飛行船の話)  
ヒコーキ二題(ヒコーキの話ふたつ)
717の話(そのまんま717の話)
787デリバリー またまた遅延(また遅れてしまった話)
LCCの話(そのまんまLCCの話)
成田空港の運用時間は何時間?(成田の運用時間は短い。という話)
羽田見学(国際線ターミナル見学の話)
ハブ空港・1 国内線ここまでの話(国内線のここまで話)
ハブ空港・2 「ハブ空港」=「大空港」?(ハブ空港の話)
「ハブ空港」・3 日本と「ハブ空港」(ハブでいろいろ妄想する話)

2011年    
787デリバリー 新スケジュール発表
(2011年第3四半期(7~9月)だそうですよという話
ハブとメーカー
(787と380の話)
「オペレーション・スターシップ」(エイプリル・フールネタ)
Q:どの位燃やされる?(久々の三択クイズ)
6周年(どうもありがとうございます)
A:どの位燃やされる?(三択クイズの続き)
B787、日本初飛来決定!(そのまんまの話)
二宮忠八とライト兄弟・1(思いつくままにいろいろ書いた話)
二宮忠八とライト兄弟・2(上に同じ)
ビードル号記念飛行(帰ってきたビードル号の話)    
787とウインドウォッシャー
(ついた話)
B787・6 デリバリー開始までの経緯(シリーズ完結の話)
787就航
(おろ・おろしさんおめでとうございます。という話)
日本とダグラス旅客機(ダグラス大好き~という話)

2012年     
ヒコーキの前後バランスの話
(ウエバラの話)
エンジン位置の話(意外といろいろ差が出る。という話)
HondaJet・1 年表(実は先の二つの記事は前フリだった話)
HondaJet・2 MH02(元祖HondaJetの話)
飛行場の場所を教えてくださいm(_ _)m(他力本願な話)
日本のジェットエンジン開発(エンジン開発の皆さん、頑張ってください!という話)
HondaJet・3 エンジン開発(実は前記事は前フリだった話)
翼の取り付け位置の話(いろんな事情の話)
HondaJet・4 OTWEM(「主翼上面エンジン配置」の話)
HondaJet・5 翼型(「自然層流翼型」の話)
沖縄の飛行場の変遷(沖縄にはたくさん飛行場があった話)
787の近況(大急ぎで作らないといけない話)
米国にエアバスの工場(受注競争に与える影響を心配する話)
秘匿飛行場
(本当にここだったのかしらん。という話)
HondaJet・6 機体の特徴など(シリーズ完結。という話)
787デリバリー1周年(次の1年で何機デリバリーできるかという話)
岩国錦帯橋空港(べっ、別に偶然開港前にたまたま前を通りかかっただけなんだからねっ! という話)

201     
787運行停止
(今のうちに膿を出し切って欲しい話)
787運行停止・その2(トラブルまとめの話)
787運行停止・その3(バッテリーの話)
787運行停止・その4(大人の事情の話)
A350XWB の近況(後発の利点を最大限活かしてる話)
枕崎空港廃止(寂しい話)
神風号亜欧連絡飛行・1(出発までの話)
神風号亜欧連絡飛行・2(その後の話)
787運行再開(やっと再開した話)
"重い"787(実は重かった。という話)
飛行の中の非日常(ヒコーキが怖くなる話)
八丈島の飛行場・補足(米軍もよくやるよ。。。という話)
787デリバリー2周年(OILMANさんおめどうございます。という話)
「君子は未然に防ぎ、嫌疑の間に處らず。瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず」(防空識別圏の話)

201   
福島空港とウルトラマン(福島空港を応援する話)
とり日記(ムック本に載った話)
広島ヘリポートのレターコード(ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。という話)
ANAの787(データ拾うのにすんごい苦労した割に地味な話)
桶川飛行場の「弾薬庫」のこと(奉安殿?? という話)
内閣中央航空研究所のこと(どんな研究所?? という話)
福岡第一飛行場
(離陸待機の話)
787デリバリー 3周年(いろいろ妄想が広がった話)
MRJ・1(祝・MRJロールアウト という話)
MRJ・2(続きの話)

2015年   
ヒコーキネタ(ヒコーキネタいろいろの話)
HondaJet ワールドツアー@岡南飛行場
(おろ・おろしさん ありがとうございます!! という話)
伊良部大橋開通(やっと開通したけれど…という話)
オバーの歌(不思議な歌の話)
御宿と銚子のVOR廃止(コース変更の話)  
祝! MRJ 初飛行(この先も頑張って欲しい話)   
根岸氏と水産試験場のこと(疑惑の話)   
Honda Jet デリバリー開始(\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/)   
続・根岸氏と水産試験場のこと(やっぱりそうだったっぽい話)   

2016年   
ANA、A380発注正式発表(ANAは別にA380の運航がしたい訳じゃないような気がする話)
セントレア二題(順調にすすむのかしらん。という話)  
磯子埋立地 1,500mのナゾ(いろいろ妄想した話)   
ボーイングのデリバリー数(もうすぐ500!という話)  

2017年   
国交省、完全自動化旅客機導入の方針(エイプリルフールネタ)
ボーイング、自動操縦ジェット旅客機の関連技術試験実施へ(うわの空)
朝鮮強化月間開催(しますよ!という話)
韓国、北朝鮮の飛行場(済州島に行きたくなった話)
朝鮮強化月間終了(終わりましたよ!という話)
那覇空港第二滑走路(何のために造ったのか分からなくなる話)  


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那覇空港第二滑走路 [├雑談]



那覇空港の利用者数はこのところ右肩上がりを続けています。

それも沖縄総合事務局と大阪航空局の予測を遥かに上回るペースで。

2010年度に那覇空港の利用者数は約1,423万人でした。

この年度を起点として、利用者数は2030年に1,605万~1,928万人と予測していたのですが、

なんと2016年度に2,003万人と、早々に2,000万人を突破してしまいました。

1本の滑走路で運用する国内の空港として利用者数一位は、超過密の福岡空港で、

那覇空港はそれに次ぐ数字になっております。

LCCの就航拡大と観光客数の増加、そして国際線利用客が大幅に伸びたことが、

予測を遥かに上回る増加につながりました。

貨物も順調です。

(ただし那覇を貨物ハブに設定しているANAは、今後効率化を図り、那覇を縮小する意向と最近発表しています)


福岡空港は2024年に第二滑走路完成予定であり、

拙ブログでも以前ちょっと書きましたが、那覇空港は現在沖合にもう一本滑走路を建設中です。

2020年3月供用開始予定の第二滑走路で、2,700mx60mの平行滑走路です。

2本の滑走路は1,310m離れており、独立して運用可能な「オープンパラレル方式」となっています。

琉球新報2017年7月2日付によれば、15年度の発着回数は約157,000回でした。

国土交通省大阪航空局の算定によれば、第2滑走路完成後の処理容量は年間で約185,000回。

倍増どころか、それに遠く及ばないたった17.8%しか増えません。

独立して運用可能な滑走路がもう一本増えるのに、なんでこんな微増に留まるのかについて航空局曰く、

(1)那覇空港の北側に米軍嘉手納飛行場への進入経路が重なる空域の問題でオープンパラレルが採用できない
(2)旅客ターミナルと第2滑走路を行き来するには、陸側滑走路の離着陸を止めて横断しなければならない
(3)自衛隊機の使用が増えている

なのだそうです。

これではせっかくの海上滑走路が完成しても、空港の過密状態は解消できません。

「アジアの貨物ハブ」等、那覇空港の立地故の活用プランも現在の過密状態が解消されてこそなんですが。。。

なんとかならないものなんでしょうか。

現行滑走路の東側(陸側)には陸自、空自の広大な用地があり、民間空港用地がウナギの寝床みたいになってるんですが、

ここまできたら、いっそ両方の滑走路の間も埋立ててしまって、自衛隊の機能はそちらに移す。

なんてダメですかね~。

あちこちから怒られちゃうかしらん。

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朝鮮強化月間終了 [├雑談]


今回朝鮮関連記事を作っている過程で、神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫 航空(4-191)「京城日報」

という新聞記事を見つけました  

この記事が紙面に掲載されたのは、1937.5.26-1937.5.29 (昭和12年)。

韓国併合が1910年(明治43年)ですから、統治が始まって27年後に当たります。

著者は、日本航空輸送株式会社京城支店長 神津幸右衛門氏。

「半島民間航空の将来は如何に進むべきか (その一)」

という記事です。

記事について詳しくは直接リンク先をご覧いただくとして、その内容は、

台湾との比較で朝鮮航空事情が如何に立ち遅れているかを憂い(台湾統治は朝鮮より15年早く始まっている)、

「鮮内居住の官民よ、航空開発に全力を傾注すべく、今すぐ立ち上がれ!」とする檄文です。

具体的にこんな数字が挙げられていました。


  面積 人口 定期航路 飛行場
朝鮮 220,741坪 20,791,000人 670km 軍用:2 民間:5
台湾 35,974坪 5,061,000人 464km 軍用:2 民間:5


神津氏によれば、台湾との比較で朝鮮は面積で6倍、人口で4倍も多いのに対し、

航空の実情はまったくお粗末で、遺憾の極みである。としています。

続けて、今後どうすべきかについて氏の提言が熱く語られていました。

こんな記事が紙面に載る時代があった。

今からでは考えられないことですが、統治時代の一面ですね。

今後どうすれば良いかについての氏の提言は要約すれば、

「朝鮮内の定期航空網、飛行場、諸施設を直ちに充実させよ!」 ということで、

定期航空網の運航に当たるのは、幹線は我が日本航空輸送、

そしてローカル線に関しては総督直轄の義勇飛行隊を組織し、これに当たらせるべし。

としています。


この神津氏の提言が掲載されたのが前述の通り1937年(昭和12年)のことで、話が前後してしまうのですが、

1925(大正14)年に朝鮮で最初に登録された民間航空事業団体である「朝鮮航空研究所」が設立されました。

創立者は日本陸軍予備役大尉の西尾三郎氏で、朝鮮内の航空路開設を模索する動きもあったのですが、

残念ながら経営が成り立たず、この研究所は事業中止となってしまいます。

1929年(昭和4年)、慎鏞頊(シン・ヨングウク)氏が「朝鮮飛行学校」を設立し、西尾氏の後を引き継ぎます。

慎氏は千葉県の東亜飛行専門学校で操縦を学んでおり、

朝鮮の航空を発展させたいという願いを持つ人物だったのだそうです。

紙面に熱い提言を記した神津氏の思惑とは少々異なるのですが、

この慎鏞頊氏の「朝鮮飛行学校」は後に「朝鮮航空事業社」と改称し、

1936年(昭和11年)1月に京城~裡里間の週1往復の試験運航を開始。

1938年(昭和13年)5月からは週2往復で京城・裡里・光州間の定期運行を開始、

1939年(昭和14年)からは週3往復となり、朝鮮内の民間定期航空が運航されていたのでした。

一連の朝鮮内の14の飛行場記事の大元となった1943年(昭和18年)4月調べの水路部資料にも、

慎氏の「朝鮮航空事業社」がしばしば登場しており、当時実際に朝鮮内で運航していた様子を垣間見ることができます。


一方、翻って戦時中の内地の民間航空事情はといいますと-

1.大阪の日本航空輸送研究所
1922年(大正11年)開設。国内初の定期航空輸送開始するも、
1939年(昭和14年)、戦争遂行のため国策の大日本航空株式会社に吸収され閉鎖。

2.愛知の安藤飛行機研究所
1924年(大正13年)地元知多市海岸に安藤飛行機研究所を開設。民間パイロット養成に乗り出す。
1926年(大正15年)、名古屋―新宮、昭和3年名古屋―二見―蒲郡間に定期航路を始める。
Wikiによれば、大日本航空設立に合わせ、航空輸送停止。

3.東京航空輸送社
1928年(昭和3年)設立。1929年(昭和4年)から東京-下田間の定期航空営業をおこなった。
1931年(昭和6年)にはエア・ガールの採用も実施した。
1939年(昭和14年)3月27日、国の方針により大日本航空に吸収合併。

4.兵庫の日本海航空株式会社
1931年(昭和6年)、兵庫県城崎町の町長が震災復興を目的としてに発足。
中国、関西方面に定期航空便を次々開設、5機の飛行機を運用するまでになったのですが、
国策統制が強くなった1936年(昭和11年)以降業績がかなり落ち込み、
1939年(昭和14年)末に一切の現品を大日本航空輸送株式会社に引渡し、翌年解散。

このように、国内で航空輸送を実施していた民間会社はいずれも同時期に運航停止を余儀なくされています。

前述の熱い提言をした神津氏は、「日本航空輸送」京城支店長だった訳ですが、

氏の提言が紙面に載った翌年の1938年(昭和13年)、

この「日本航空輸送」は、国策の「大日本航空」に改組されます。

そして内地、外地、および国際線の運航は、この「大日本航空」が一手に引き受けることとなり、

当時内地で航空輸送を行っていた四社は、航空輸送を停止したのでした。

また、定期航空輸送ではないのですが、滋賀の天虎水上飛行場のように、

逓信省から委託を受けてパイロット育成を行う民間飛行学校でさえ、

やはりすべての施設を大日本飛行協会に"寄付"したり、

民間の飛行場が末期には事実上軍のものになったという例はいくらでもあります。


慎氏の「朝鮮航空事業社」が終戦時にどうなっていたかは資料がみつからず不明なのですが、

内地では昭和14年に民間の航空輸送会社が消滅している一方で、

少なくとも昭和18年4月の水路部の資料では、一連の14の飛行場の中に、

逓信局、大日本航空等と並んで仲良く(?)慎氏の「朝鮮航空事業社」格納庫が建っている様子が示されています。

内地では、民間経営の航空会社、飛行学校、飛行場の運営が許されず、

次々と国策航空会社や軍に取りあげられてゆく一方、

朝鮮では、朝鮮人による国内定期航空会社が運航していたのです。

表面的にみればその政策は、内地の経営者には容赦なく、朝鮮の経営者には優しく見えます。

この事実を知ったオイラにとっては、内地と正反対のこの政策に一体どんな思惑があったか。というナゾが残りました。

昭和12年の神津氏の提言の中では、朝鮮内のローカル線は義勇飛行隊に当たらせるべし。

としていますから、少なくとも当時の神津氏には、日本航空輸送が運航するのは鮮内の幹線のみで、

ローカル線を運航する意図はなかった。

手を出すつもりのないローカル線を運航するのが「義勇飛行隊」か、「朝鮮航空事業社」か、という違いでしかなかったのか、

それとも傀儡に任せて鮮内の民衆の不満を抑えた方が日本にとって得策だという意図もあったんでしょうか。

尤も、この「朝鮮航空事業社」も終盤は座席の半分が軍に取りあげられ、

民間人の利用はほとんどできなくなっていたらしいのですが。

それでも、内地で戦時中国策により閉鎖を余儀なくされてしまった航空会社、飛行場の経営者が、

以後航空界からすっかり足を洗ってしまった例が多いのに対し(戦後日本を代表する航空会社の礎を築いた人もいる)、

慎氏は戦後の1946年に大韓国民航空社を設立し、変遷を経てこれが現在の大韓航空となります。

内地で自ら育てた航空会社、飛行場が取り上げられた人たちは当時このことをご存知だったでしょうか。

疑問は尽きません。


一連の朝鮮関連の記事を作る途中、県立図書館に立ち寄る機会があり、朝鮮コーナーに行きました。

そこには題名からして日本に対する怨嗟渦巻く本がたくさん並んでいます。

日本統治時代、そこで実際にどんなことが行われていたのか、

ネット掲示板の書き込み程度の情報しか知らぬオイラにとっては、

恨まれても仕方ない部分もあったのだろう。となんとなく考える程度でしかないのですが、

そんなオイラにとって、内地では民間航空会社、飛行学校、飛行場が次々取りあげられてゆく中、

「朝鮮人による朝鮮人の為の航空会社が末期の時期存在していた」という、

ちょっと考えるとアベコベのような現象は衝撃の事実だったのでした。
 

「朝鮮強化月間」はこれにて終了です(一ヶ月もたなかったけど)。

お付き合いいただきまして、ありがとうございましたm(_ _)m

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韓国、北朝鮮の飛行場 [├雑談]

朝鮮の記事を作っていて、個人的に非常に印象的だなと思った飛行場マップを並べてみました。

マップを一杯貼ったので、すごく重いと思います。すみません。


北朝鮮の満浦飛行場

滑走路両端に2機1セットの無蓋掩体壕がズラリ。

北朝鮮の軍用飛行場は、こういうパターンが結構ありました。



北朝鮮の清津空港

日本も戦争終盤は隧道を設け、ヒコーキは飛行場近くの山裾等に移動する等、隠匿に努めましたが、

こんな感じだったんでしょうか。



北朝鮮のカンダリ飛行場

地下滑走路!

北朝鮮にはこうした地下滑走路が20程ある。とするサイトがありました。



北朝鮮の極洞飛行場

なんかねこ鍋っぽい



韓国済州島の済州島不時着陸場(通称アルトル飛行場)跡地

「1つの飛行場に現存する有蓋掩体壕」としては、国内では千葉県茂原、木更津と大分県宇佐の10基が最高で、

それに次ぐのが宮崎県赤江と高知県日章の7基(赤江は8基らしいけど未確認)だと思うのですが、

ここ済州島には、なんと19基の海軍型有蓋掩体壕が現存するのだそうです。


ストリートビューで見ると、畑地の中に、あっちにもこっちにも掩体壕。という風景。
(33.20997, 126.27844 で現地に飛べます) 
現地で見てみたい。。。

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朝鮮強化月間開催 [├雑談]

今年2月、市ヶ谷の防衛研究所にて、しこたま資料を撮影してきたのですが、その中に

「航空路資料第9 朝鮮地方飛行場及不時着陸場 昭和18年9月刊行」

という水路部の資料がありまして、序文にこんなことが書かれていました。


1.本誌は昭和13年2月刊行の航空路資料第9を昭和18年4月迄の当部調査
 資料に據り増補改訂し朝鮮地方(要塞地帯を除く)に於ける民間飛行場及
 現状の儘にて使用し得と認むる不時着陸場に就き記載したるものなり、但
 し其の細目に関する記事中には精密なる測量を経ざるものあり。

2.陸軍飛行場に関しては従来航空路資料中に記載し来れるも爾今之等を一括
 転録し陸軍航空基地資料(假稱)として刊行す。

3.本誌中改補を必要とする事項は細大を問わず速に当部へ通報あらんことを
 希望す。

昭和18年9月
 水路部長 阿部 嘉輔



水路部作成の地図をグーグルマップ上に作図することはこれまでもさせて頂いたのですが、

当時の航空写真と比較して、地図にどう考えても辻褄が合わない部分があるのが気になって仕方ありませんでした。

1.の最後のところで、「精密なる測量を経ざるものあり。」という一文があります。

(なんで身内向けの資料なのに改変すんだろ??)なんて思ってたんですが、

測量が精密でない場合もあるんですね~。

この文言を100%額面通り受け取ってよいのかしらん。と勘繰ったりもするのですが、

ともかく水路部長ご本人が「正確でない場合がある」と明言していることが知れたのは、オイラにとって大きかったです。


この水路部資料には各飛行場の地図と、その飛行場の詳細な資料がズラズラと載っているのですが、

1.にある通り、


「朝鮮内の要塞地帯を除く」

という条件付きの民間飛行場と昭和18年時点で使用可能な不時着陸場が全部で14載っています。

で、その14の飛行場をせっせとグーグルマップ上に作図したのでした。

その中には、文字通り非常に簡素な不時着陸場から、

当時の日本本土でもなかなかお目にかかれないような大規模国際空港までバラエティーに富んでおり、

日本統治時代以後現在の至るまでにその飛行場がどんな運命を辿ったかもまた様々でした。


それぞれの飛行場の記事化の過程で、ネットでその飛行場についての情報をあれこれと検索したのですが、

大戦中の朝鮮の様子、日本による統治の様子について、

これまでなんとなくイメージしていたものがガラガラと変わりました。

まあ、元々オイラ、こうした分野に関して(も)かなり無知というのが大きいんですが。

作図の過程で現在の韓国、北朝鮮の様子をグーグルアースで随分と見たのですが、

これまで両国の家一軒レベルまでジックリ眺めることなんてなかったため、

現在の両国についてもイメージが随分変わりました。


来週月曜日以降、順番に14の飛行場記事をアップ致します。

ということで、「朝鮮強化月間」開催です(1カ月もたないけど)。

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