So-net無料ブログ作成
検索選択
├場所 ブログトップ
前の5件 | -

■ヒコーキ関係の場所・リスト■ [├場所]

(オイラがお邪魔した)ヒコーキにまつわる場所を北から順にまとめてみました。

  北海道 
祈りの塔  
上春別 RB29のプロペラ   
リンドバーグの壁画   
豊頃(MICとよころ)飛行場跡地   
計根別掩体壕   
能取水上基地跡地?    
あかびらスカイスポーツ振興センター専用空港   
たきかわスカイパーク   
新千歳空港国際線ターミナル   
新琴似四番通り   
京都合資会社   
月寒練兵場跡地   
国土交通省札幌航空交通管制部  
千歳市空港公園    
北海道・帯広第一飛行場掩体壕  

 東 北 
青森県・みちのく北方漁船博物館     
青森県・青森県立三沢航空科学館   
青森県・浜子海岸   
青森県・夜越山原野   
青森県・弘前練兵場跡地  
岩手県・雫石     
岩手県・燕航空部隊発祥地碑    
岩手県・岩手県立一関第一高校  
岩手県・花巻防空監視哨跡地  
山形県・楯山防空監視哨跡   
山形県・城南練兵場跡地  
宮城県・石巻防空監視隊第四監視哨跡  
福島県・会津塩川バルーンフェスタ   
福島県・ウルトラマン空港   
福島県・千咲原飛行場候補地  
福島県・郡山歴史資料館  
福島県・野沢秘匿飛行場候補地  
福島県・千咲原飛行場候補地  

 関 東 
栃木県・男鹿高原駅前広場緊急ヘリポート      
栃木県・栃木国際ハブ空港(構想)    
栃木県・ツインリンクもてぎ     
栃木県・烏山防空監視哨跡     
栃木県・栃木国際ハブ空港(構想)    
栃木県・金丸原飛行場掩体壕  
栃木県・東武今市飛行場(計画)  
栃木県・口粟野防空監視哨跡  
茨城県・つくばヘリポート      
茨城県・霞ヶ浦海軍航空隊の遺跡   
茨城県・県立水戸工高/練兵場    
千葉県・銚子ボルタック   
千葉県・さくらの山公園        
千葉県・航空科学博物館   
千葉県・船橋無線塔記念碑   
千葉県・山縣飛行士殉空の地碑     
千葉県・大慶園ヘリポート    
千葉県・稲毛民間航空記念館      
千葉県・下滝田基地跡地    
千葉県・館山海軍航空隊宮城掩体壕   
千葉県・館山海軍航空隊香掩体壕     
千葉県・赤山地下壕跡   
千葉県・千葉県立佐倉高等学校   
千葉県・御宿VORTAC  
千葉県・鳥居崎埋立地  
千葉県・千葉県立千葉中学校・高等学校  
千葉県・松戸駐屯地のC-1   
根形(第二木更津)飛行場候補地  
群馬県・群馬ヘリポート   
群馬県・高崎ヘリポート   
群馬県・向井千秋記念子ども科学館      
群馬県・邑楽町 B29墜落地点   
群馬県・御巣鷹の尾根      
群馬県・東村花輪防空監視哨跡     
群馬県・長野原防空監視哨跡     
群馬県・新田荘歴史資料館    
群馬県・伊勢崎市の防空監視哨跡  
群馬県・中島新邸 
群馬県・尾島RCスカイポート   
群馬県・西小泉駅周辺   
群馬県・熊谷線の橋脚  
埼玉県・熊谷の防空監視哨跡地   
埼玉県・妻沼駅跡以南   
埼玉県・東武熊谷線物語・1,2     
埼玉県・吉見百穴地下軍需工場跡    
埼玉県・川島ヘリポート     
埼玉県・桶川飛行学校跡地      
埼玉県・東武東上線物語・1~3
埼玉県・国土交通省 坂戸航空無線通信所     
埼玉県・土屋公園の碑   
埼玉県・三澤建設ヘリポート     
埼玉県・所沢航空記念公園     
埼玉県・越谷防災基地    
埼玉県・秋ヶ瀬ヘリポート    
埼玉県・陸上自衛隊朝霞訓練場の観閲道  
東京都・東京ヘリポート     
東京都・東京大空襲・戦災資料センター    
東京都・東京シティエアターミナル    
東京都・旧陸軍調布飛行場白糸台掩体壕    
東京都・旧日立航空機株式会社立川工場変電所      
東京都・成増陸軍飛行場の掩体壕
東京都・京浜島つばさ公園      
東京都・三宅村ヘリポート    
東京都・第二/三八丈島航空基地候補地   
東京都・第四八丈島航空基地候補地   
神奈川県・野島掩体壕     
神奈川県・厚木飛行場臨時滑走路跡  
神奈川県・県立商工実習学校  
神奈川県・船越の防空監視哨跡  
神奈川県・磯子町の市電埋立地  

 中 部 
新潟県・阿賀野川河口付近  
新潟県・新潟県立柏崎高等学校  
新潟県・山本五十六記念館     
新潟県・高田公園  
新潟県・新潟市海岸線、新潟市學校町濱滑空場跡地  
長野県・大町防空監視哨跡      
長野県・陸軍松本飛行場跡地    
長野県・富草防空監視哨跡  
長野県・航空資料館    
長野県・飯沼飛行士記念館    
山梨県・大月防空監視哨跡   
静岡県・中島飛行機三島製作所跡地     
静岡県・静岡ヘリポート     
静岡県・エアーパーク 航空自衛隊 浜松広報館    
静岡県・一色海岸  
静岡県・静岡県立磐田南高校  
静岡県・中島飛行機原谷地下工場跡地  
静岡県・三方原飛行場の掩体壕  
富山県・立野ヶ原不時着場跡地   
石 川県・航空プラザ    
石川県・石川県立大聖寺高校  
石川県・野村練兵場  
石川県・粟ヶ崎砂丘   
石川県・東善作氏誕生之地碑  
石川県・松波飛行場跡地   
福井県・鯖江不時着場跡地  
福井県・敦賀練兵場跡地  
岐阜県・道の駅クレール平田のヘリポート    
岐阜県・ かかみがはら航空宇宙博物館     
愛知県・航空館boon    
愛知県・エアポートウオーク     
愛知県・名古屋城北練兵場着陸場跡地  
愛知県・伊良湖附近不時着場跡地   

 関 西 
滋賀県・比叡山桜花特攻基地跡地 
滋賀県・虎姫高校  
滋賀県・野洲川滑空場計画地  
滋賀県・滋賀県平和祈念館  
京都府・舞鶴の防空監視哨跡  
京都府・二十連隊練兵場跡地  
京都府・JUIDA・ATR けいはんな試験飛行場  
奈良県・奈良県立畝傍高等学校  
奈良県・美吉野運動場跡地  
和歌山県・和歌山県立星林高等学校   
和歌山県・和歌山陸軍練兵場跡地  
和歌山県・和歌山県立桐蔭高校  
和歌山県・和歌山県立向陽高校   
和歌山県・紀南ヘリポート  
和歌山県・王子ヶ浜   
大阪府・大正飛行場掩体壕  
大阪府・桃山学院中学校・高等学校   
大阪府・大阪府立住吉高等学校  
大阪府・府立生野高等学校跡地  
大阪府・津守神社南方地区   
大阪府・大阪府立高津高等学校  
大阪府・常翔学園高等学校、中学校  
大阪府・池田市立池田中学校  
大阪府・大阪府立鳳高等学校  
大阪府・陸軍航空廠跡地  
大阪府・藤井寺の無蓋掩体壕群跡地  
兵庫県・千里川土手      
兵庫県・神戸高等工業学校跡地  
兵庫県・西武庫公園  
兵庫県・尼崎北高等学校  
兵庫県・甲南大学岡本キャンパス  
兵庫県・城北練兵場跡地   

 中 国 
鳥取県・酒井片桐飛行殉難碑     
鳥取県・美保基地掩体壕     
鳥取県・皆生海岸臨時飛行場跡地  
鳥取県・美保飛行場の掩体壕その2   
鳥取県・鳥取県立博物館  
鳥取県・鳥取第四十連隊練兵場跡地  
岡山県・廃川地  
広島県・甲山防空監視硝跡地   
広島県・豊栄飛行場   
広島県・広島ヘリポート  
島根県・大峯山偽装飛行場跡地  
山口県・岩国錦帯橋空港   
山口県・大平山   
山口県・山口宇部空港「ふれあい公園」   
山口県・関門医療センターヘリポート   
山口県・防石鉄道新橋停車場予定地  
山口県・菊ヶ浜海岸  
山口県・山口駐屯地訓練場   

 四  国 
香川県・さぬきこどもの国       
香川県・二宮忠八飛行館     
高知県・高知空港周辺の掩体壕       
高知県・第四十四連隊練兵場跡地  
高知県・日章飛行場の防空監視哨跡  
愛媛県・松山空港周辺の掩体壕  
愛媛県・松山城北練兵場跡地  
徳島県・徳島空港   
徳島県・民間航空発祥の地碑  

 九  州 
福岡県・新行橋病院ヘリポート   
福岡県・小倉北区魚町の防空監視哨     
福岡県・旧小倉陸軍造兵廠の防空監視哨     
福岡県・航空交通管理センター、福岡航空交通管制部    
福岡県・大刀洗飛行場の掩体壕   
福岡県・大刀洗平和祈念館    
福岡県・大牟田市役所の防空監視硝  
福岡県・久留米練兵場着陸場跡地  
福岡県・福岡県立福岡高校  
佐賀県・海軍飛行場候補地 仮屋湾   
佐賀県・佐志海岸   
佐賀県・西ノ浜   
佐賀県・陸軍唐津飛行場候補地(大土井)   
佐賀県・松浦川岸   
佐賀県・虹の松原   
佐賀県・ジャピー氏遭難碑   
佐賀県・佐賀インターナショナルバルーンフェスタ      
佐賀県・佐賀空港のYS-11  
長崎県・川棚防空監視哨跡    
長崎県・長崎空港A滑走路地区(大村航空基地)   
熊本県・熊本帯山練兵場不時着場跡地  
熊本県・熊本渡鹿練兵場不時着場跡地  
熊本県・熊本帯山練兵場不時着場跡地  
熊本県・熊本渡鹿練兵場不時着場跡地  
熊本県・熊本帯山練兵場不時着場跡地  
大分県・佐伯海軍航空隊の掩体壕   
大分県・宇佐市平和資料館  
大分県・大神回天基地跡地(水上機)  
大分県・大分練兵場不時着場跡地  
宮崎県・・都城東飛行場跡地   
宮崎県・唐瀬原飛行場の滑走路跡地     
宮崎県・宮崎空港の周辺探索     
宮崎県・茶屋平特攻基地予定地     
鹿児島県・ 知覧特攻平和会館     
鹿児島県・知覧飛行場跡地      
鹿児島県・鹿屋航空基地資料館   
鹿児島県・出水飛行場の掩体壕  
鹿児島県・笠野原飛行場の川東掩体壕  
鹿児島県・伊敷練兵場跡地  
鹿児島県・ニシムタ スカイマーケット鴨池店  
鹿児島県・枕崎ヘリポート  

 沖  縄 
沖縄県・伊平屋ヘリポート     
沖縄県・伊平屋空港予定地     
沖縄県・本部監視哨跡      
沖縄県・辺野古V字滑走路建設予定地      
沖縄県・瀬長島        
沖縄県・那覇空港国際線ターミナル   
沖縄県・糸満防空監視哨跡     


栃木県・口粟野防空監視哨跡 [├場所]

  2016年7月 訪問 


栃木県鹿沼市口粟野にある「口粟野防空監視哨跡」。

監視哨跡は城山山頂にあり、現在は粟野城址城山公園として整備されています。

公園駐車場から徒歩で山道を登って行きます。

親切な整備が行き届いていて、オイラのような素人でも迷わず行けました。

DSC_0176.jpg

DSC_0175.jpg

DSC_0161.jpg

DSC_0143.jpg

DSC_0148.jpg

DSC_0159.jpg

DSC_0146.jpg

監視哨の隣に説明版がありました。

口粟野防空監視哨(全文)  

 口粟野防空監視哨は太平洋戦争開戦の1941年(昭和16年)「防空監視隊令(勅令1136号)の発令を受けて策定された「栃木県防空計画」により整備・建造された。県内には監視隊本部が3か所設置され、43か所の監視哨と4か所の補助監視哨が設けられた。口粟野監視哨は、外周直径約4.3m・内周直径2.6mのコンクリート製喇叭型円筒形で、栃木県内に現存が確認されているのは、口粟野監視哨と烏山監視哨の2基のみである。監視哨は、敵機の迎撃準備などに必要な時間から逆算し、大都会からやや離れた地におかれた。この監視哨はソ連の東にある軍都ウラジオストクから飛来し、中禅寺湖で南下、東京爆撃へ向かうソ連の軍用機を想定した施設であった。現実には東京や宇都宮を爆撃したアメリカの軍用機B29の監視を行っていた。時にはグラマン戦闘機の機銃掃射を受けたこともある。2012年(平成24年)公益社団法人土木学会は「特異な時代体制下の土木技術の一つの役割を伝える」として、推奨土木遺産に指定された。城山を守る会 作製


説明版にある通り、ウラジオストク→中禅寺湖→東京 の線を引いてみました。


     栃木県・口粟野防空監視哨跡      

口粟野防空監視哨 データ
所在地:栃木県鹿沼市口粟野
座 標:N36°31′04″E139°39′55″
標 高:250m
(座標、標高はグーグルアースから)

沿革
1941年 「防空監視隊令」により策定された「栃木県防空計画」により建設
2012年 公益社団法人土木学会、推奨土木遺産に指定

関連サイト:
ブログ内関連記事       


栃木県・東武今市飛行場(計画) [├場所]

  2016年7月 訪問 

無題1.png
1963年11月当時の写真(KT633YZ C1 12) (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック。) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)


 

1960年代、東武鉄道が栃木県日光市に計画していた「東武今市飛行場」。

日光と東京、地方都市間の旅客輸送、遊覧飛行が計画され、当時の運輸省から正式に許可をとり、

実際に施設の一部完成まで進んでいたのですが、その後の進展はありませんでした。

現在のところネットでは情報皆無の文字通り「幻の飛行場」なのですが、

「東武鉄道百年史」に当飛行場についての計画の経緯が記されていました。

以下引用させて頂きます。

[第3節]大量輸送時代の到来 航空事業に進出

 昭和36年(1961)4月15日、当社は、海洋航空(資本金1000万円、熊谷組全株所有)と業務提携し、ヘリコプターによる航空事業に参入することとなった。同年4月18日、同社を東日本航空(現東武計画)と改称して、4月29日より、鬼怒川ゴルフ場を基地として、鬼怒川、日光上空の遊覧飛行の営業を開始した。私鉄各社(西鉄、名鉄、西武、東急、京成など)は、ヘリコプターによる輸送事業に注目して、こぞってヘリコプターを購入、航空事業に進出しはじめていた。当時、ヘリコプターはベル、バートル、シコルスキーなど性能の優れた機種が製作されるようになり、ヘリコプターの特性からくる利用価値が認識され、既存の航空会社はもちろん、タクシー会社、観光会社までもが、ヘリコプターを利用したエアタクシー、遊覧飛行などのビジネスを手掛けはじめていた。当社も、沿線地域には国際観光地日光をはじめ多くの観光地、温泉、保養地を有しており、広大な沿線には都市群や産業地帯を控えているので、ヘリコプター(ベル47G-2型)2機を購入、さらに、37年には今市市瀬尾の大谷川河川敷に飛行場も建設(37年3月8日運輸大臣から正式許可)、本格的な営業活動に入った。東武今市飛行場には、長さ1020m、幅60mの着陸帯、長さ890m、幅25mの滑走路、長さ107.5m、幅15mの誘導路、長さ140m、幅40mのエプロンなどが計画され、誘導路の一部完成を受けて37年4月10日からヘリポートとして利用された。ヘリコプターによる輸送事業は、双発または単発固定翼機による東京~日光、あるいは日光~地方都市間の旅客輸送、山岳地帯の遊覧飛行などを中心に計画されたが、あまり進展せず、東日本航空はその後、航空測量部門を拡充して現在に至っている。

 

890mx25mですから、調布飛行場と同程度の規模の滑走路を計画していましたが、

結局ヘリの運用に留まったようです。

滑走路をドコに建設しようとしていたのかについて、記事の中には「今市市(現・日光市)瀬尾の大谷川河川敷」とあり、

加えて「誘導路の一部完成を受けて37年4月10日からヘリポートとして利用」とあります。

当時の航空写真で瀬尾の河川敷を見てみると、確かにヘリポートらしきものが映っています。

ということで、この辺りに資料通り、890mx25mの線を引いたのが、上のグーグルマップです。

(実際に建設されたとしたら、こんな感じかなあ)という程度のものですので、ご了承くださいませ。

 

東武鉄道沿線住民のオイラといたしましては、東武鉄道が飛行場を所有し、

東武カラー(になるのか?)のヒコーキが飛び交うところを是非見てみたかったのですが。。。

この航空事業を担っていた「東武計画」ですが、2010年に測量、計測の国内最大手「パスコ」が買収し、

翌年「東日本総合計画株式会社」に社名変更し、現在に至っています。

東武鉄道の公式サイトを拝見したのですが、沿革、業務組織図に航空測量、遊覧飛行等についての記述がなく、

現在のところこちら方面は完全に手を引いているようです。

 

沿革にもまとめましたが、東武鉄道が航空事業に参入すべく業務提携したのが、「海洋航空」という会社でした。

この会社は1953年に設立しており、1961年に東武と提携したのですが、それに先立つ1959年に

「海洋航空」の漁業協力飛行部門が独立し、「水産航空株式会社」が設立しており、

この会社は現在も社名を変えず、調布飛行場内に本社を構え、創業以来無事故運航を継続中なのだそうです。

この「水産航空株式会社」公式サイト内の沿革によりますと、

同社は小岩井農場(当時)から、そして昭和32年に陸前高田の海岸に滑走路を設置し、

漁業協力飛行を実施していたのだそうです。

小岩井農場と陸前高田にも滑走路があったのですね~(@Д@)

DSC_0130.jpg

ヘリポートがあったと思われる辺り。

現在は県立の特別支援学校になっています。

DSC_0137.jpg

建設予定地(と思われる辺り)は大部分が円山公園内で、こんな感じ。


     栃木県・東武今市飛行場(計画)      

東武今市飛行場(計画) データ
設置管理者: 東武鉄道/東日本航空
空港種別:陸上飛行場
所在地:栃木県日光市瀬尾
座 標:N36°44′14″E139°40′09″
標 高:426m
滑走路:890mx25m
着陸帯:1,020mx60m
方 位:10/28?
(座標、標高、方位はグーグルアースから)

沿革
1953年 7月  海洋航空株式会社設立(航空撮影、不定期運送、遊覧飛行、魚群探知等)
1961年 4月15日 東武鉄道、海洋航空に資本参加。業務提携
      4月18日 東日本航空と改称
      4月29日 鬼怒川ゴルフ場を基地としてヘリによる鬼怒川、日光上空の遊覧飛行開始
1962年 3月8日 今市市瀬尾の大谷川河川敷に飛行場建設許可。航空測量分野に本格参入
      4月10日 飛行場誘導路の一部が完成し、ヘリポートとして利用
1968年 ヘリコプター部門廃止。 航空測量部門を拡充
1991年 4月  商号を東武計画株式会社に変更
2010年 12月 東武計画、パスコグループ入り
2011年 11月 東日本総合計画株式会社TOLEXに社名変更

関連サイト:
東日本総合計画株式会社公式サイト  
ブログ内関連記事       

この記事の資料:
「東武鉄道百年史」
東武鉄道公式サイト
パスコ公式サイト
東日本総合計画株式会社公式サイト
水産航空株式会社公式サイト


栃木県・金丸原飛行場掩体壕 [├場所]

  2016年7月 訪問  


栃木県大田原市にあった「金丸原飛行場」。

ゴルフ場敷地内に掩体壕が現存していて、道路からも見ることができます。 

DSC_0124.jpg

関連サイト:
ブログ内関連記事       


福島県・郡山歴史資料館 [├場所]

  2016年7月 訪問 

 
福島県郡山市にある「郡山歴史資料館」。

郡山にあった飛行場関連の資料もあります。

以下、展示資料の一部から

民需の産業が軍需工場へ
1941(昭和16)年、太平洋戦争が始まると、軍需産業がさらに強化され、国民生活に必要なものを造っていた工場が、陸海軍の管理下におかれ、武器などを造る工場に変わっていきました。
郡山の軍事工場には、次のような工場がありました。
・保土谷化学郡山工場-四エチル鉛製造
・三菱電機郡山工場-落下傘、風船爆弾
  (旧片倉製糸)
・日東紡績第一工場-(詳細不明)
     第二工場-落下傘
     第三工場-中島飛行機KK
     富久山工場-ガラス繊維
・東北振興アルミ-アルミ地金
・日本製錬-黄燐、ロケット推進材
・松葉製糸-松葉飛行機、落下傘の生地


郡山防空監視隊
防空監視隊は、民間の防空組織で、本部は、郡山警察署(現郡山消防署)に置かれていました。
郡山監視隊本部に属する監視哨は、都路、山根、船引、三春、本宮、白川、棚倉、石川、矢吹、須賀川、長沼、熱海、郡山の13哨がありました。(これに豊里を加える説もあります。)
監視隊本部隊長は、郡山警察署長でしたが、副隊長以下は民間人で、長野英一郎(旭館主)が副隊長として就任し、終戦まで家業を放ち専従しました。
班は、3班あり、班長以下、各班女子24名、男子7名の構成でした。
女子監視隊員は、昭和17年1月、福島県が全国に先駆けて、高等学校卒業以上の未婚者で組織したもので、もっぱら通信勤務に当たりました。
勤務は、4日に1日の24時間勤務で、無給でした。
監視哨は、哨長の下に3班の組織で、各班は、班長以下7名、22名の構成で、敵機等をいち早く発見し、この情報を監視隊本部に報告するのが任務でした。
監視隊本部では、これを東部および東北軍司令部に報告し、軍司令部において防空警報を発令する仕組みでした。

 

郡山の空襲
1945(昭和20)年、終戦を前にして、郡山は、4月12日、7月29日、8月9日、10日と空襲を受け、大きな被害を出しました。
4月12日の空襲は、東京や大阪の大空襲につづく、地方の軍事施設を爆撃する最初の空襲でした。
この日だけで、死者は460人を数え、市民は、空襲の恐ろしさを身をもって体験しました。
4回にわたる空襲により郡山市の死者の総数は、532人にのぼり、県下の70%を占める大きな被害となりました。
また、焼失、倒壊した家は、約500戸、強制疎開で失われた家の数は、2000戸に及びました。
郡山市に激しい空襲が行われた主な理由は、次のとおりであることが戦争と平和を考える会による米軍資料の詳細な調査で裏付けられています。

郡山が空襲にあった理由
(1)保土谷化学をはじめとする重要な化学工場があったこと。
(2)海軍飛行場などの軍事施設があり、郡山が「軍都」であったこと。
(3)関東と東北、太平洋と日本海を結ぶ内陸交通の要衝であったこと。

 

原子爆弾の投下訓練だった昭和20年7月29日の空襲
 郡山市は、昭和20年7月29日に2回目の空襲を受けていました。この日、
午前9時すぎに、郡山駅と日東紡第三(現パラマウント硝子工業)に爆弾が投下
され、合わせて39人の方々が犠牲となりました。
 この2発の爆弾は、1トン爆弾と言われていましたが、戦争と平和を考える会
による米軍資料についての調査では、実は、広島・長崎に投下された原子爆弾の
模擬爆弾であったことが分かりました。
この爆弾の実践的な投下訓練は、日本国内49か所で行われ、県内では、福島、
平、郡山がその対象となったのです。
 なお、7月29日の空襲は、新潟や広島、小倉などに投下しようとしていた原
子力爆弾の訓練であったことが同会の調査でわかっています。



関連サイト:
資料館公式サイト   
ブログ内関連記事       


前の5件 | - ├場所 ブログトップ