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愛知県・伊良湖附近不時着場跡地 [├場所]

  2016年6月 訪問 

無題1.png
1940年測量の地図(2.5万地形図 92-13-3-3 福江) (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック。) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)


愛知県田原市にあった「伊良湖附近不時着場」。

上図は「航空路資料 第4 昭10-1 中部地方不時著陸場」(下記リンク参照)から作図しました。

この情報は、tuka@北海道さんから情報頂きました。tuka@北海道さんありがとうございましたm(_ _)m 

先頭の地図の地割は不時着場と完全には一致しないのですが、不時着場はおおよそこの辺りでした。

DSC_0038.jpg

現在周辺は畑が広がっています。

      愛知県・伊良湖附近不時着場跡地     

伊良湖附近不時着場 データ

空港種別:不時着場
所在地:愛知県田原市西山町新居
座 標:N34°36′20″E137°02′58″
標 高:5m
面 積:7.5ha
着陸帯:390m×190m
(座標、標高、着陸帯長さはグーグルアースから)

関連サイト:
「航空路資料 第4 昭10-1 中部地方不時著陸場」    
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静岡県・三方原飛行場の掩体壕 [├場所]

  2016年6月 訪問 


静岡県浜松市にあった三方原飛行場。

その掩体壕が1つだけ残っています(マップの一番上のマーカー)。

飛行場敷地の北約1kmの所にありました。

DSC_0032.jpg

掩体壕は個人宅敷地内にあり、許可を得て撮影させて頂きました。

快諾頂きありがとうございましたm(_ _)m


      静岡県・三方原飛行場の掩体壕     

三方原飛行場の掩体壕 データ

設置管理者:陸軍
所在地:静岡県浜松市北区豊岡町
座 標:N34°47′31″E137°43′26″
標 高:69m
(座標、標高はグーグルアースから)

関連サイト:
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中島大井(大井)飛行場跡地 [├国内の空港、飛行場]

  2016年6月訪問、最終更新日2017/6/30  

無題1.png
1937年測量(旧1万地形図 o367 大森) (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック。) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)


東京都品川区にあった「中島大井(大井)飛行場」。

アジ歴の資料に昭和7年11月12日の「報国飛行機命名式計画書」があり、そこに当飛行場敷地の略図があります。

海面に突き出した滑走台、格納庫と道路の位置関係は、先頭の地図と同一に見えます。

また、同じくアジ歴に米軍の攻撃目標として当飛行場が出ており、地図もあります(下記リンク参照)。

この情報は再生おじさんから頂きました。再生おじさんどうもありがとうございましたm(_ _)m 


DSC_0015.jpg

しながわ区民公園。

現在は埋め立てられましたが、当時は海面でした。

人が途切れるタイミングで撮りましたが、お邪魔した7時台、通勤、ジョギング、散歩の方が大勢おられました。

 

当飛行場がいつからいつまであったのかについて、こんな資料がありました。

まず設置日ですが、官報 第九二六号 昭和五年二月一日(土曜日)五 にこんな記事が。

逓信省告示第二百六十号
左記飛行場の設置を許可せり
昭和五年二月一日
逓信大臣 小泉又次郎
一、設置の目的 非公共用
二、経営者の氏名又は名称及住所 中島飛行機製作所所長中島知久平
   東京市麹町区丸の内三丁目四番地
三、用地所有者の氏名又は名称及住所 三枝土地合名会社
   東京市京橋区銀座三丁目七番地
四、所在地名 東京府荏原郡大井町南浜川千九百番地の四
五、陸上、水上又は水陸両用飛行場の別 水上飛行場
六、面積及地形 滑走区域は東京港取締規則第二条に規定する第六区中東京水上警察署見張船(北斗丸)
   と大井巡査派出所とを結ふ線以南の水面とす
七、恒風位 概ね東
八、設備の概要 滑走臺(長八四尺幅四二尺 傾斜七分の一)一
        飛行機手動巻上機(五屯のもの)一
        格納庫(建坪一六六、六坪)一
        飛行機運搬路(滑走台格納庫間長一四、五間 幅七間)
九、設置期間 自昭和五年一月二十九日 至昭和十五年一月二十八日 十ヶ年間

 

そして廃止日については、官報 昭和十五年七月十九日 第四千六十号 金曜日 六六五 にこんな記事がありました。

逓信省告示第千九百八十三号
昭和五年二月逓信省告示第二百六十号を以て設置許可に係る非公共用水上飛行場
中島大井飛行場は昭和十五年一月二十九日限り之を廃止せり
昭和十五年七月十九日
逓信大臣 勝正憲

ということで、昭和5年1月29日~昭和15年1月29日まであった。ということのようです。


      東京都・中島大井(大井)飛行場跡地     

中島大井(大井)飛行場 データ

設置管理者:中島飛行機
空港種別:水上機飛行場
所在地:東京都品川区南大井1丁目
座 標:N35°35′39″E139°44′21″
標 高:7m
(座標、標高はグーグルアースから)

沿革
1930年1月29日 開設
1940年1月29日 廃止

関連サイト:
アジ歴/報国飛行機命名式祭典の件(11,13コマ)   
アジ歴/AIR OBJECTIVE FOLDER(13,136コマ)  
官報(飛行場設置)  
官報(飛行場廃止)  
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深川7号埋立地(洲崎飛行場・江東区辰巳)跡地 [├国内の空港、飛行場]

  2016年6月 訪問 

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1937年測量 地図種別:旧1万地形図  リスト番号:o177、A002-1MA-0016  図名:洲﨑、新橋
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)


前記事の続きです。

という訳で、洲崎飛行場は 「1号埋立地」→「5号埋立地」→「7号埋立地」と移転しました。

当記事は三代目、「深川7号埋立地」についての記事です。

この飛行場は1937年12月、深川5号埋立地から移設してきました。

水路部資料「航空路資料 第3 其ノ3 昭14-10 關東地方飛行場及不時著陸場」の中で、

当「深川7號埋立地」について扱っており、アジ歴でその資料の英語訳版が閲覧できます。

各ハンガー位置まで書き込みがある非常に詳しく扱った資料です(下記リンク参照)。

で、防衛研究所にてこの資料の原本を見てきました。

其の他の部分を以下引用させて頂きます。

其の他
本飛行場は昭和12年12月深川5号埋立地より移転し港湾河川工事と共に埋立られたる箇所なり飛行場としては諸施設未だ完備するに至らざるも目下場内の整地護岸の改修、道路橋梁及上下水道工事等諸施設工事中なり・東京飛行場は目下拡張中に付都下中等学校のグライダー練習地に充当す・本場は洲崎飛行場と別稱し目下飛行機12機を有し毎日練習を実施す・5号及6号埋立地は将来工場倉庫或は新興の商店街、住宅地建設用地として発展の途上に在り・又現下急速なる航空事業の発達の趨勢に鑑み都市計画事業として昭和13年度以降3箇年継続総工費1,200蔓円を以て本場に隣接する海面約49.6萬坪を埋立て水陸両用の公共用飛行場建設の計画あり。

「洲崎飛行場は転々と場所を変えた」と前記事でも書きましたが、

この情報はオイラが調べた範囲ではアジ歴の資料以外には見当たりません。

洲崎飛行場が遅くとも1920年には運用されていたことは様々な資料から明らかなのですが、

1925年の地図では5号埋立地はまだ海面であり、

アジ歴で「洲崎飛行場」として詳細な地図付きで扱われている当7号埋立地は1930年の地図でまだ海面で、

1932年の地図で初めて登場しています。

こうした点は、「洲崎飛行場は転々と場所を変えた」ということを裏付けていると思います。

 

また、飛行場の名称なのですが、当飛行場は水路部資料の中で、「本場は洲崎飛行場と別称し」とある他、

「深川(浦)飛行場」とも呼ばれていました。

1,5,7の各埋立地はそれぞれ広義の「深川地域」に当たるので、

いずれも「深川(浦)飛行場」で何の問題もないのですが、

「洲崎」という地名は遊郭の一大拠点となった埋立地(現在の江東区東陽一丁目)のことで、

こちらはオイラの知る限り「洲崎地域」的な広義の意味は存在しません。

位置としては1号埋立地のすぐ北側に当たり、場所として限定されています。

「洲崎」からは離れた場所にある7号埋立地の事も、アジ歴では「洲崎飛行場」とされていますが、

これは厳密に地名だけで考えると少々不自然です。

これは、「洲崎の飛行場」が移転してきたことの名残なのかもしれません。

 

DSC_0005.jpg

撮影地点・1

道路の右側にハンガーが並んでいたはずです。

現在は都営辰巳一丁目アパートが並んでいます。

DSC_0007.jpg

撮影地点・2

飛行場が広がっていた辺り。

現在一部は辰巳の森海浜公園になっています。


      東京都・深川7号埋立地(洲崎飛行場・江東区辰巳)跡地     

深川7号埋立地(洲崎飛行場・江東区辰巳) データ
空港種別:陸上飛行場
所在地:東京都江東区辰巳1,2丁目
座 標:N35°38′55″E139°48′41″
標 高:3m
面 積:24.3ha
着陸帯:500m×520m
(座標、標高、着陸帯長さはグーグルアースから)

沿革
1937年 12月、深川7号埋立地に移設
1938年 女流飛行家田中阜子飛行士、埼玉県川越市に当飛行場から郷土訪問飛行

関連サイト:
アジ歴:深川7號埋立地    

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この記事の資料:
防衛研究所収蔵資料「航空路資料 第3 其ノ3 昭14-10 關東地方飛行場及不時著陸場」


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洲崎飛行場(江東区豊洲)跡地 [├国内の空港、飛行場]

  2016年6月 訪問 

無題0.png
1937年測量 地図種別:旧1万地形図  リスト番号:o177、A002-1MA-0016  図名:洲﨑、新橋
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)

父島ではなく、江東区にあった洲崎飛行場についての記事です。

当飛行場については佐藤正孝さんから情報いただきました。佐藤正孝さんどうもありがとうございましたm(_ _)m

洲崎飛行場は元々江東区塩浜2丁目にありました  

開設した年は不明なのですが、1920年に当飛行場にて東京~大阪無着陸往復競技会が開催されており、

1921年6月、当飛行場にて帝国飛行協会主催の第二回懸賞飛行大会が実施されたことは、

大会に参加した玉井氏ご本人が日本民間航空史話に手記をまとめています。

ということで、洲崎飛行場は遅くとも1920年、1921年頃には既にありました。

 

アジ歴に洲崎飛行場について扱った資料があります(下記リンク参照)。

この資料では、当飛行場が「7号埋立地にあった」と記述しているのですが加えて、

「この(飛行)場は1937年12月、深川5号埋立地から移設された」

とも記しています。

以前の記事で書きましたが、この資料は元々海軍の水路部作成のものですから信憑性の高い情報です。

突然「7号」とか「5号」とか出てきますが、

「5号埋立地」は現在の豊洲1~5丁目に、そして「7号埋立地」は辰巳1,2丁目にそれぞれ該当します。

上の地図にある通り、 この二箇所は元々洲崎飛行場のあった塩浜2丁目とは別の場所で、

塩浜2丁目は「1号埋立地」に当たります。

つまり、洲崎飛行場は 「1号埋立地」→「5号埋立地」→「7号埋立地」と移っていったことになります。

現在の住所だと、塩浜→豊洲→辰巳と、江東区内で移転を繰り返しました。

「移転を繰り返しました」と書きましたが、もしかしたら移転はこの三箇所に留まらない可能性もあります。

ということで、塩浜の初代飛行場は以前お邪魔したので、今回先ずは2代目の「5号埋立地」、豊洲に向かったのでした。

 


5号埋立地の地図。

1937年12月まではここに飛行場があったはずなのですが、その年の地図でも既に埋立地内には道路が確認できます。

5号埋立地のドコに飛行場があったのか具体的な情報がなく、

埋立地の北西側が最もまとまった更地になっているため、「ここが飛行場だったのではないか」と思いました。

DSC_0002.jpg

当時最もまとまった更地だった豊洲3丁目。

現在はすっかり高層の建物が整然と立ち並び、ここに飛行場があったとはとても想像つきません。

三代目の辰巳の飛行場については次の記事で。


      東京都・洲崎飛行場(江東区豊洲)跡地     

洲崎飛行場(江東区豊洲) データ
空港種別:陸上飛行場
所在地:
座 標:N35°39′29″E139°47′44″?
標 高:2m
面 積:38.3ha?
着陸帯:900m×400m?
方 位:14/32?
(座標、標高、着陸帯長さ、方位はグーグルアースから)

沿革
1937年12月、深川7号埋立地に移設

関連サイト:
アジ歴:深川7號埋立地    
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関西、中国、四国・1 [■旅行記]

Ⓐ自宅→Ⓑ洲崎飛行場(江東区豊洲)跡地→Ⓒ洲崎飛行場(江東区辰巳)跡地→Ⓓ中島大井(大井)飛行場跡地→Ⓔ横浜市立中央図書館→Ⓕ(神奈川県・宗里、片岡飛行場跡地)→Ⓖ静岡県・三方原飛行場跡地、掩体壕→Ⓗ高師ヶ原演習場の不時着場跡地→Ⓘ伊良湖附近不時着場跡地→Ⓙ道の駅デンパーク安城(車中泊) 

6月中旬、西方向に向かったのでした。

今回の旅行では、四日目の土曜日の朝、広島在住のFさんと四国に行く予定になっていたのでした。

それで、それまでの3日間はその手前の見学ポイントを時間の許す限り周ることに。

3:55 自宅出発

4:10 給油

途中、お握り弁当の朝食。

9:30 開館の横浜市立図書館に行くことにしていたのですが、その前に東京の洲崎飛行場跡地と大井水上飛行場跡地へ。

ラッシュ前なので皇居前もスイスイ。

そして予定通り開館前に横浜市立図書館到着。

前回お邪魔した際、図書館併設の駐車場が余りに高かったので、最寄りの民間駐車場に停めました。

ここで鶴見区の飛行場跡をマイクロフィルムで複写。

車に戻って駐車場代清算すると……なんて高額!!(@Д@)

図書館が高いんじゃなくて、大都市横浜だから高かったのか。。。_| ̄|○ il||li 

その後地図を頼りに鶴見区の2飛行場跡地を撮影。

鶴見区の飛行場は記事作りが超難航していて、未だ完成していないのと、

完成したら鶴見区役所、鶴見歴史の会にチェックして頂くことになっているので、それが済んだら後日アップ致します。

 

「自宅から西方向」は去年3回周っていて、四国と九州以外はおおよそ回ったのですが、

その後いろいろと濃い資料が大量に見つかったため、再訪問含めて見学ポイントが一気に増えたのでした。

自宅から西方向には、太平洋側に36、日本海側に25もポイントがあるため、

今回は太平洋側も全部回れないかも。

途中、カロリーメイト的なもので昼食。

昼前に次のポイントである静岡県に向かいました。

時間が勿体ないので高速利用。

高速を下りて、浜松市内を走行中、なんか目に違和感あるな~と思っていたら、久々に閃輝暗点の症状が(☆Д☆)

こうやって飛行場周りしてて発作が出るのは初めてかも。

近くの某ファミレスの駐車場にエマージェンシーランディング。

駐車場に車を停めて休ませて頂きました。

25分のロス。

高速走行中でなくて良かったです。

浜松から愛知に入り、見学を続けました。

18:10 渥美半島の突端、伊良湖着。

本日の見学はこれにて終了。

次の見学ポイントであるトヨタ本社付近を目指したのでした。

今回お邪魔した場所のうち、 静岡県の三方原飛行場跡地と愛知県の高師ヶ原演習場の不時着場跡地については、

以前にもお邪魔していたのですが、場所がハッキリしたので再びお邪魔しました。

過去記事を修正してありますので、興味のある方はご覧くださいませ(下記リンク参照)。

途中、サークルKで弁当。

オイラが使用しているナビはDVD式で情報がすごく古いです。

情報更新には、2万円のSDカードを購入しなければなりません。

少し前に「新東名もできたし、情報更新しようかな~」と思って調べたところ、

機種の余りの古さに、数年前にSDカードの更新は終了してました(;´Д⊂)

で、そんな何年も前の情報で止まっているナビ画面では、この周辺は本当にサークルKだらけ!

ところが実際に走ってみると、ナビにはないセブンが負けず劣らずたくさん建っていました。

20:30 道の駅デンパーク安城着

ナビに明日以降の見学ポイント打ち込み。

21:50 寝る

おやすみなさい

(続きます)

本日の走行距離:530.3km

 

本日お邪魔した場所で、過去記事の追記のみで済ませたもの:
静岡県・三方原飛行場跡地
  
愛知県・高師ヶ原演習場の不時着場跡地   
愛知県・衣ヶ原飛行場跡地  


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九州・6 [■旅行記]

Ⓐ岡山県・福石PA→Ⓑ滋賀県・大津SA→Ⓒ愛知県・上郷SA→Ⓓ静岡SA→Ⓔ圏央鶴ヶ島IC

 

4:00 起床

4:35 福石PA出発 

ヤバイ。腰が超痛い。明日からスケジュールギッシリなのに大丈夫か (-"-;)

6:20 大津SA

8:25 上郷SAにて朝食と給油

10:25 静岡SA

12:45 圏央鶴ヶ島IC

実家にお土産降ろしたりして後、自宅着。

ということで、九州の旅行記はこれでおしまいです。

長々とお付き合い、どうもありがとうございました。

(もう続かない)

 

本日の走行距離:686.5km

総走行距離:3,866.5km(レンタカーの83km含む)

総燃費:21.03km/l

 

(次回から「関西、中国、四国編」デスヨ)


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福岡県・福岡県立福岡高校 [├場所]

  2016年5月 訪問 

無題4.png
1939年12月当時の写真(B30 C4 69)■ (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック。) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)

福岡県福岡市にある「福岡県立福岡高校」。

「航空年鑑昭和15年」大日本飛行協会編(昭和16年発行)「學校グライダー部一覽」(昭和15年10月現在)の中で、

「福岡市潟洲町福岡中學校(当時)に學友會グライダー部があり、校庭を滑空場として使用していた」とありました。

この情報はアギラさんから頂きました。アギラさんありがとうございましたm(_ _)m 

DSC_0161.jpg

校庭北側より。

現在敷地に沿って校舎があり、手前には民家が立ち並び、こんなアングルに。


      福岡県・福岡県立福岡高校     

福岡県立福岡高校 データ

所在地:福岡県福岡市博多区堅粕1丁目
座 標:N33°35′57″E130°25′08″
標 高:7m
着陸帯:200m×90m
(座標、標高、着陸帯長さはグーグルアースから)

沿革
1940年10月現在 校庭を滑空場として使用

関連サイト:
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小城飛行場跡地 [├国内の空港、飛行場]

  2016年5月 訪問 

無題2.png
1947年11月当時の写真(USA M663 18) (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック。) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)


佐賀県小城市にあった「小城飛行場」。

小城飛行場については、PUTINさんから様々な情報を頂いておりました。

PUTINさんどうもありがとうございましたm(_ _)m

以下PUTINさんから頂いた情報です。

 

佐世保鎮守府所属の第5211設営隊が建設に従事

更に、国立国会図書館の憲政史料室にあった米軍情報。

飛行場名:小城
位置:a)小城の西1マイル、牛津の北北西3マイル、b)DEBUNの東0.5マイル、小城の西1マイル
座標:N33-17-30、E130-11
滑走路の長さ:3000フィート X 150フィート 東北東から西南西向き
格納庫等:滑走路南側に施設あり
航空機用掩体等:掩体地区は滑走路の北と南側にあり
航空機:確認できず
写真撮影日:1945年8月7日(第3写真偵察戦隊1945年任務番号385)

緯度経度情報もあり、非常に詳しい資料なのですが、なかなかピンポイントで場所を特定することができませんでした。

しかしその後、新たな情報を頂いたのでした。

「本日の朝にNHKの九州ローカルで放送されていたニュースの中で小城飛行場が取り上げられていましたので、ご連絡させて頂きます。小城飛行場の場所は以前にご連絡しておりました米軍史料の内容と一致しておりました。

小城飛行場は、現在の国道203号線が県道44号線と交差する交差点から西南西の方向に向けて国道203号線に沿う形で設営されており、道路の北側に向けて拡張工事がなされていたそうです。

これは米軍史料中に飛行場の位置として記載のある「DEBUN(出分)の東0.5マイル、小城の西1マイル」とも合っており、また滑走路の向きも「東北東から西南西」で合っております。

また、国土地理院が公開している1947年に撮影された小城上空の航空写真からも同飛行場らしき跡地が確認できます。

番組中に出てきた地元の人の証言によれば、練習機が1機着陸したこともあるそうです。」

ということで、非常に具体的な情報を頂きました。

頂いた情報から作図したのが上のグーグルマップです。

 

米軍情報では滑走路について、3,000ftx150ft(900mx45m)としているのですが、

「水路部 航空路資料 関東地方飛行場及不時着場 昭和18.8」に当飛行場の資料があり、それによれば、

建設ノ年:1945-7
飛行場 長サx幅M:600x30
方向:ENE
主要機隊数:小型機
主要任務:発進

とありましたので、こちらの600mx30mで作図させて頂きました。

防衛研究所収蔵資料「海軍航空基地現状表 内地之部 佐世保鎮守府航空基地現状表」
の中で、当飛行場について一部次のように記載がありました。

基地名:小城 建設ノ年:1945-7 飛行場 長x幅 米:600x30方向ENE 主要機隊数:小型機 主任務:発進 隧道竝ニ地下施設:工事中 掩体:工事中

DSC_0140.jpg


      佐賀県・小城飛行場跡地     

小城飛行場 データ

設置管理者:海軍
空港種別:発進用飛行場
所在地:佐賀県小城市小城町畑田
座 標:N33°17′33″E130°11′11″
標 高:26m
滑走路:600m×30m
方 位:08/26
(座標、標高、滑走路長さ、方位はグーグルアースから)

沿革
1945年7月 建設

関連サイト: 
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佐賀空港のYS-11 [├場所]

DSC_0124.jpg

佐賀空港には2004年11月にお邪魔してワイエスも見ていたのですが、

2005年5月~2010年3月まで一般公開を中止していました。

今回久々にお邪魔したのでした。

DSC_0125.jpg

DSC_0131.jpg

DSC_0133.jpg

(案内板より)
[開門日]
・毎日(荒天日を除く)
[開門時間]
・午前9時から午後5時まで(通年)
[機内見学について]
・通常は見学できません。但し、平日に学校教育等で10名を超える見学
 希望があれば、2週間前までに佐賀空港事務所へご連絡ください。

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