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兵庫県・西武庫公園 [├場所]

  2015年10月 訪問 

無題6.png
1947年4月当時の写真(USA M265 32) (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック。) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)



兵庫県尼崎市武庫元町3丁目にある「西武庫公園」。

かつてここにグライダー滑空場がありました。

「武庫土地区画整理事業」によれば、

戦時中の1942年、この地区は広範囲な防空緑地として指定され、県がその土地43.3haを買収して一部はグライダーの滑空場として整備したが、戦後、農地改革により大部分が解放された。

とあります。

また尼崎市年表内に、「1943年、常吉西部、軍のグライダー練習場となる」と記されています。

もっと直接的に、「西武庫公園」が元グライダー演習地であるとするサイトもあります。

資料によれば、「戦後、農地改革により大部分が解放された」とある通り、

まるでパッチワークのように細分化され、滑空場だったころの面影はすっかりなくなっています。

 

D20_0144.jpg

公園内

 


      兵庫県・西武庫公園     

西武庫公園 データ

空港種別:グライダー練習場
所在地:兵庫県尼崎市武庫元町3丁目
座 標:N34°45′32″E135°22′36″
標 高:10m
(座標、標高はグーグルアースから)

沿革
1943年 常吉西部、軍のグライダー練習場に
戦後は農地改革により解放された

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兵庫県・尼崎北高等学校 [├場所]

  2015年10月 訪問 

無題1.png
1948年3月当時の写真(USA M31-1 31) (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック。) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成) 

兵庫県尼崎市にある「尼崎北高等学校」。

元々は1951年に中外商業の跡地に設立した高校です。

「航空年鑑昭和15年」大日本飛行協会編(昭和16年発行)「學校グライダー部一覽」(昭和15年10月現在)の中で、

中外商業學校(当時)に滑空部があり、本校校庭を滑空場として使用していたとありました。

この情報はアギラさんから頂きました。アギラさんありがとうございましたm(_ _)m

滑空訓練をしていたであろう場所を囲いましたが、特に東側は「こんなかなあ」という程度のものです。

ご了承くださいませ。

 

D20_0140.jpg

・A地点


      兵庫県・尼崎北高等学校     

尼崎北高等学校 データ

空港種別:滑空訓練所
所在地:兵庫県尼崎市塚口町3丁目
座 標:N34°45′20″E135°24′26″
標 高:4m
着陸帯:140m×120m
(座標、標高、着陸帯長さはグーグルアースから)

沿革
1945年10月現在 校庭にて滑空訓練実施

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兵庫県・甲南大学岡本キャンパス [├場所]

  2015年10月 訪問 

無題2.png

1947年8月当時の写真(USA M417 40) (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック。) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)

兵庫県神戸市にある「甲南大学岡本キャンパス」。

「航空年鑑昭和15年」大日本飛行協会編(昭和16年発行)「學校グライダー部一覽」(昭和15年10月現在)の中で、

甲南高等學校(当時)にグライダー倶樂部があり、本校庭を滑空場として使用していたとありました。

この情報はアギラさんから頂きました。アギラさんありがとうございましたm(_ _)m

 

D20_0132.jpg

・A地点

ここから下り勾配なのですが、校庭のあった画面右側の部分は平地になっています。


      兵庫県・甲南大学岡本キャンパス     

甲南大学岡本キャンパス データ

空港種別:滑空訓練所
所在地:兵庫県神戸市東灘区岡本8丁目
座 標:N34°43′47″E135°16′08″
標 高:43m
着陸帯:110m×90m
*座標、標高、着陸帯長さはグーグルアースにて算出

沿革
1945年10月現在 校庭にて滑空訓練実施

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兵庫県・神戸大学六甲台第一キャンパス運動場 [├場所]

  2015年10月 訪問 

無題.png
1947年8月当時の写真(USA M417 39) (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック。) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)

兵庫県神戸市灘区六甲台町にある神戸大学六甲台第一キャンパス。

「航空年鑑昭和15年」大日本飛行協会編(昭和16年発行)「學校グライダー部一覽」(昭和15年10月現在)の中で、

神戸商業大學(当時)に航空研究會があり、

本學運動場を滑空場として使用していたとありました(因みに同資料では、飛行機は大阪盾津飛行場で訓練していたとあります)。

この情報はアギラさんから頂きました。アギラさんありがとうございましたm(_ _)m



神戸大学は1929年~1944年まで神戸商業大學で、1935年に現中央区野崎通から灘区六甲台町(ここ)に移転し、

現在に至ります。

現在の灘区六甲台町とその周辺は、山腹を大規模造成し、様々な学校や神戸大学の各学部があるため、

この中の一体ドコが当時滑空訓練をしていた運動場だったかが問題となります。

戦災を免れ、神戸商業大學当時の建物として現役の「記念館」、「六甲台本館」があるのがCのエリア。

このCエリア周辺で運動場になりそうな場所は、AとBのエリアに限定されます。

それで現地を見に行ったのでした。

 

D20_0128.jpg

・Bエリア

この周辺はきつい坂と段々畑のような平地が続いており、とても運動場になりそうなまとまった平地は見当たりませんでした。

 

D20_0131.jpg

・Aエリア

この周辺ではこのAエリアだけがまとまった平地になっています。

多分ここが当時から運動場で、ここで滑空訓練をしていたのだと思います。

実はCエリアのすぐ南側にもまとまった地割があるのですが、

グーグルアースで確認すると、とにかくこの運動場周辺以外は起伏が激しくて凄いです。

 


      兵庫県・神戸大学六甲台第一キャンパス運動場     

神戸大学六甲台第一キャンパス運動場 データ

空港種別:滑空訓練所
所在地:兵庫県神戸市灘区六甲台町
座 標:N34°43′49″E135°14′01″
標 高:196m
着陸帯:125m×115m
(座標、標高、着陸帯長さはグーグルアースから)

沿革
1945年10月現在 運動場にて滑空訓練実施

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兵庫県・神戸高等工業学校跡地 [├場所]

  2015年10月 訪問

無題0.png
1946年11月当時の写真(USA M324-A-6 23) (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック。) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)




兵庫県神戸市長田区にあった「神戸高等工業学校」。

「航空年鑑昭和15年」大日本飛行協会編(昭和16年発行)「學校グライダー部一覽」(昭和15年10月現在)の中で、

神戸高等工業學(当時)に航空研究會があり、校庭を滑空場として使用していたとありました。

この情報はアギラさんから頂きました。アギラさんありがとうございましたm(_ _)m

 

D20_0125.jpg

・A地点

上図B地点に発祥の地碑があります。自宅に戻ってから知ったのでした。

いろいろ失敗しました。


      兵庫県・神戸高等工業学校跡地     

神戸高等工業学校 データ

空港種別:滑空訓練所
所在地:兵庫県神戸市長田区水笠通1丁目
座 標:N34°39′38″E135°08′44″
標 高:7m
(座標、標高はグーグルアースから)

沿革
1945年10月現在 校庭にて滑空訓練実施

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加古川滑空場跡地 [├国内の空港、飛行場]

  2015年10月 訪問 

無題5.png
1975年1月当時の写真(CKK7411 C4 65) (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック。) 
出典:国土地理院ウェブサ(地理院データを加工して作成) 

兵庫県加古川市上荘町。加古川右岸河川敷にあった「加古川滑空場」。

開場式から4年後の航空写真で見ると、滑走路がハッキリ確認できます。

 

D20_0121.jpg

・A地点からみた滑走路方向

 

D20_0122.jpg

・B地点






(滑走路東側が水没気味ですが、これは河川敷の形状が変ったためです)  


      兵庫県・加古川滑空場跡地     

加古川滑空場 データ

設置管理者:
空港種別:滑空場
所在地:兵庫県加古川市上荘町
座 標:N34°47′46″E134°53′14″
標 高:10m
滑走路:870m?
方 位:09/27
*座標、標高、滑走路長さ、方位情報はグーグルアースから

沿革
1971年4月20日 開場式

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兵庫県・城北練兵場跡地 [├場所]

  2015年10月 訪問 

無題4.png
1947年9月当時の写真(USA R511-2 6) (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック。) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成) 

兵庫県姫路市広峰2丁目。かつてここに「城北練兵場」がありました。

「航空年鑑昭和15年」大日本飛行協会編(昭和16年発行)「學校グライダー部一覽」(昭和15年10月現在)の中で、

姫路中學校と姫路商業學校(当時)に、それぞれ學友會滑空部、校友會滑空部があり、

姫路城北練兵場を滑空場として使用していたとありました。

この情報はアギラさんから頂きました。アギラさんありがとうございましたm(_ _)m

上の写真は城北練兵場の敷地を囲ったものです。

すぐ北側部分、いかにもな地割になっていますが、当時ここは騎兵、野砲、輜重の各連隊の施設でした。

現在は姫路駐屯地になっています。

 

D20_0119.jpg

・A地点から見た練兵場跡地方向。

現在城北練兵場跡地の多くは競馬場になっていますが、この部分はあの全国チェーンが展開しております。

交差点名が当時の名残ですね。






 


      兵庫県・城北練兵場跡地     

城北練兵場 データ

設置管理者:旧陸軍
空港種別:滑空練習場
所在地:兵庫県姫路市広峰2丁目
座 標:N34°51′18″E134°41′58″
標 高:22m
着陸帯:860m×490m
*座標、標高、着陸帯長さはグーグルアースにて算出

沿革
1945年10月現在 姫路中學校學友會滑空部、姫路商業學校校友會滑空部、城北練兵場にて滑空訓練実施

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旧邑久滑空場跡地 [├国内の空港、飛行場]

  2015年10月 訪問 

無題3.png
1985年4月当時の写真(CG851X C12 33) (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック。) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)

岡山県瀬戸内市邑久町 吉井川左岸。

上の写真は見ての通りで上が旧邑久滑空場(と思われる位置)。

そして下が現在の邑久滑空場。

旧滑空場を30年間使用していたものの、2004年に河川敷の管理が国交省から地元自治体に移管したことに端を発し、

使用不能となってしまったため、紆余曲折の末、現在の邑久滑空場に移転したのでした。

「新滑空場は旧滑空場の下流1kmにできた」という説明があり、いかにもな地割になっているので、多分ここのことだと思います。

 

D20_0106.jpg

・A地点から見た滑走路方向

ここから滑走路が続いていたと思うのですが。。。




 


      岡山県・旧邑久滑空場跡地     

旧邑久滑空場 データ

空港種別:滑空場
所在地:岡山県瀬戸内市邑久町
座 標:N34°40′51″E134°04′46″
標 高:2m
滑走路:480m?
磁方位:03/21
*座標、標高、滑走路長さ、磁方位はグーグルアースにて算出

沿革
岡山県出身の飛行家により滑空場が開拓される
以来約30年間滑空場として運用が続く

2004年 09月 吉井川の河川敷管理が国土交通省から邑久町(現瀬戸内市)に移管
      滑空場の一時使用許可の申請先が河川事務所から邑久町に変更される
      窓口変更を機に、河川敷の使用許可には地元の同意が必要となる
      グライダーに好意を持たない一部地元住民の理解を得るべく努力が続けられたが、
      結局全員の同意を得ることができず、30年間続いた邑久滑空場は使用不許可に
      その後クラブ員は岡南飛行場、但馬空港などで活動を続けたが、自分たちで新しい滑空場を作ろうということに
      旧邑久滑空場から約1キロ下流の河川敷を新邑久滑空場として開拓するため、近隣住民、諸機関と交渉
2007年 03月 新滑空場完成
      06月 新邑久滑空場開港式

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岡山県・廃川地 [├場所]

  2015年10月 訪問 

無題1.png
1947年10月当時の写真(USA R512-3 18) (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック。) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)

岡山倉敷市の「廃川地」。

「航空年鑑昭和15年」大日本飛行協会編(昭和16年発行)「學校グライダー部一覽」(昭和15年10月現在)の中で、

倉敷實業學校(当時)にグライダー部があり、倉敷市四十瀨地内高梁川廢川地を滑空場として使用していたとありました。

この情報はアギラさんから頂きました。アギラさんありがとうございましたm(_ _)m

上の写真の中央部付近がおおよそ「倉敷市四十瀨」。

そしていかにも廃川地的なものが斜めに続いています。

実はどこを滑空場にしていたのか、具体的な場所は不明なのですが、A地点付近は住所的にも廃川地としても重なっており、

まとまった更地になっています。

それで、この場所で滑空訓練を行っていたのではないかと。

 

D20_0104.jpg

・A地点





 


      岡山県・廃川地     

廃川地 データ

空港種別:滑空訓練所
所在地: 岡山県倉敷市中島
座 標:N34°35′25″E133°44′48″
標 高:8m
*座標、標高はグーグルアースにて算出

沿革
1945年10月現在 倉敷市四十瀨地内高梁川廢川地にて滑空訓練実施

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東海、近畿・4 [■旅行記]


Ⓐ:道の駅アリストぬまくま→Ⓑ:廃川地→Ⓒ:旧邑久滑空場跡地→Ⓓ:城北練兵場跡地→Ⓔ:加古川滑空場跡地→Ⓕ:神戸高等工業学校跡地→Ⓖ:神戸大学六甲台第一キャンパス運動場→Ⓗ:甲南大学岡本キャンパス→Ⓘ:尼崎北高等学校→Ⓙ:西武庫公園Ⓐ→Ⓑ:鳴尾飛行場跡地→Ⓒ:道の駅いながわそばの館(車中泊)

 

4日目

4:20 起床

4:55 出発 気温13℃! 寒いので長袖に着替え

6:30 ジョイフルで七種の和朝食。

このメニューはもう散々撮ってるので今回は撮りませんでした。

岡山県で二箇所見学して後兵庫県入り。

ひたすら移動と撮影。

10時頃 気温25℃ 暑いので半袖に着替え

昼食は昨晩ラ・ムーで買った調理パン

本日は兵庫県の市街地での見学が多く、コインパーキングを7回使ったのですが、

そのうち3回は時間が短く済んだのでタダでした。

普段片側二車線の道路を走っている場合、この先左折という時は、

1km位手前でボチボチ左車線に移ろうか。という感じなのですが、

関西は県道、国道でも路駐が非常に多くて、ここでは300m手前位まで怖くて左車線走れません。

左折する交差点まで路駐が無いことを確認して左に寄る感じです。

本日最後に甲子園球場近くの公園へ。

大きな公園で、野球場があります。

球場内外で野球をやっている子供たちを眺めながら移動していたのですが、

2人1組でノックをやっていて、後ろに逸らしたらどこまでもダッシュ。という場所で、

普通にハーフライナーをカンカン打ってました。

怖ろしいバットコントロール! 甲子園スゲエ!!(@Д@)

公園内を引かれてトコトコ歩いている子犬の来ている服はタイガースのユニフォーム。犬なのに。

17:30 甲子園球場近くの鳴尾飛行場跡地発。

本日の車中泊のための道の駅に移動。

19:10 道の駅近くのイオンで夕食をとることに。

フードコートへ。

ん~。何にするかな~。

 

DSCN0131.jpg

リンガーハットの野菜たっぷりチャンポン 734円

なんで関西来て長崎やねんという感じですが、この時はこういう気分でした。

今にして思えば、たこ焼き食べといたらよかったです。

イオンの店内でなんだか場違いな曲が流れてるな~と思ったら、六甲おろしが高らかに流れてましたΣ(゚Д゚;)

関東では考えられない所業です。関西すげー(o ̄∇ ̄o)

19:45 道の駅いながわ そばの館着

寝るにはちょっと早いので、道の駅内をウロウロ俳諧しました。

20:35 寝る。

おやすみなさい。

 

本日の走行距離:303km

(続きます)


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