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荒川河畔グライダー場跡地 [├国内の空港、飛行場]

  2014年7月 訪問 

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埼玉県‎熊谷市‎にある熊谷ゴルフクラブ。

この周辺一帯はかつて「河原松山」と呼ばれた場所でした。

そして当ゴルフ場のあった辺りが「荒川河畔グライダー場」として利用されていた時期がありました。

当滑空場につきましては、全面的にアギラさんから情報頂きました。

頂いた情報をここに引用させて頂きます。

「熊谷高校80年誌(1975年)」の中に<中46回4卒同窓会だより>からの抜粋転載がありました。
「3年生全員実施ではなく1組1943年7月21日~25日、2組26日~30日の各5日間、河原松原で体操の教員がプライマリーを生徒25人が1人ずつ左前方、右前方2手に分かれゴム索を引っ張り或る程度引っ張ったところで固定索を離す。そうするとグライダーが高度3~4m距離30m位飛んだ」とありました。
そのページには松林をバックにプライマリーと数人が写った写真も添えられていました。写真のキャプションは「荒川河畔グライダー場」とありました。この「河原松山」が何処なのかを探しておりました。

Aさん(M):今は無くなってしまった松林に松脂を採りに行ったことがある。(シャボン玉液に混ぜるといい泡ができるのだそうです)
河原松山にグライダーの格納庫があったが米軍艦載機の銃撃で燃えてしまった。ここに熊谷市立商業学校(県立熊谷商業の前身:作家 森村誠一氏の母校)の滑空部?もあったそうです。

Bさん(F):1943年ごろ?近郷近在の国民学校代表が模型の小さなグライダーを作り河原松山で競技会をしたのでBさんも村の学校代表として参加したそうです。ですが小さなグライダーは自分で作ったのではなく訓導が作ってくれたプロペラの無いものを飛ばしたそうです。
80歳代前半の2人とも現在、熊谷ゴルフクラブ(秩父鉄道石原駅近く)のところが河原松山だったと言っておりました。その隣にある荒川大麻生公園に松を植えて昔のようにする運動が最近始まったそうです。
という事で熊谷の河原松山には滑空場があったそうですが、キャプションのように「荒川河畔グライダー場」と戦中に「グライダー」と言う言葉を果たして使ったのかどうか少々気になっています。

 

熊谷高校 熊谷市立商業学校がここでグライダーを飛ばしたのですね。

これまたアギラさんから頂いた「學校グライダー部一覽(昭和15年10月現在)」に両校は登場しないので、

発足は遅かったのかもしれませんが、格納庫もあり、米軍の標的になったとのことですので、

ある程度の規模の滑空場だったのではないかと思われます。

 

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・A地点

現在は美しいゴルフ場

 

荒川河畔グライダー場跡地 map   


      埼玉県・荒川河畔グライダー場跡地     

荒川河畔グライダー場 データ

空港種別:滑空場
所在地:埼玉県‎熊谷市‎赤城町‎
座 標:N36°08′33″E139°21′43″
着陸帯:2,000m×700m?
*座標、着陸帯長さはグーグルアースにて算出

沿革
1943年07月21日~30日 熊谷高校がグライダー飛行。同じ頃、近郷近在の国民学校による模型グライダー競技会

関連サイト:    
国土地理院 年月当時の写真(C29B C1 59) (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック)  
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