So-net無料ブログ作成
検索選択

佐賀県・ジャピー氏遭難碑 [├場所]

  2013年10月 訪問 

D20_0133.jpg

佐賀県‎神埼市‎の脊振山の山頂近くに「ジャピー氏遭難碑」があります。

延々続くグネグネ道の途中に突然上の写真のように杭と説明版が現れます。

 

D20_0124.jpg

杭のアップ

 

D20_0123.jpg

杭の隣の説明版アップ。

 

D20_0132.jpg

そしてこの杭と説明版の所から道路を外れ、下に降りて行けるようになっています。

ちょっと降りるとその先には、

 

D20_0131.jpg

こんな碑と詳しい説明版があります。

ジャピー氏遭難碑について(全文)
 ここに建つ遭難碑は、昭和11年(1936年)11月19日、フランスの飛行家アンドレ・ジャピー氏が、パリ-東京間100時間記録飛行のおり、惜しくも記録達成の寸前、この場所に遭難し壮図は挫折しました。しかし氏の驚異的な飛行記録は、今も世界の航空史に残る偉業であり、碑はこれを偲び、顕彰するものであります。

 ジャピー氏の愛機 CAUDRON C631'SIMOUN' コードロンC631型機はシムーン(砂漠の熱風)の愛称を持つ、当時フランスを代表する4人乗り小型旅客機でした。ジャピー氏は同機を長距離機に改造してこの記録飛行に使用。スマートな機体は(空の貴婦人)とも呼ばれました。

 晩秋の季節ここ脊振山一帯は、紅葉に彩られ鮮やかな山肌を見せていました。19日は曇り空の冷たい朝を迎え、正午には山頂を雲が覆い、3時頃には雨も降り始めました。『炭焼き』や『杉革採り』など山仕事の村人たちも、この雨で仕事を打ち切り帰途につきました。そのとき、佐賀方面から爆音が聞こえ、やがて1機の赤い小型機が機体を振り、喘ぐように皆の前を飛び過ぎて行きました。これを見て村人の一人が『あの飛行機は酒に酔っ払い、赤くなって飛んでいる』と言って皆を笑わせました。しかし笑い声も消えぬうち、山頂からドォーンと大きな衝撃音が聞こえ、『アッ今の飛行機が山に墜落したのだ』と急いで村役場に知らせました。村では直ちに消防団員が集められ、悪天候のなか早速救助活動が始められました。赤い飛行機にはジャピー氏一人が乗っており、激突で壊れた機体に閉じ込められ、全身を負傷して意識不明に陥っていました。ジャピー氏はパリ-東京間100時間記録飛行に挑戦し、11月15日パリを飛び立ち、ダマスカス、カラチ、アラハバード、ハノイと燃料補給に立ち寄り、最後の中継地、香港には18日午後5時10分到着、パリを出発してからの所要時間は55時間24分でした。この記録はあと東京まで3000㌖予定飛行時間は約13時間とみて、新記録達成は間違いなしと報道され、いよいよ最終のコースとなる香港-東京間、最後の飛行記録に全世界が注目しました。ジャピー機は翌19日早朝香港を離陸、中国大陸に沿って北上し、上海付近から九州に向かいました。東支那海に入ると猛烈な暴風が待ち受け、ジャピー氏は長時間これと闘い、入国指定の長崎・野母崎上空に達したとき、燃料は残り1時間足らずになっていました。やむなくジャピー氏は目的地を福岡・雁の巣飛行場に変え、初めて飛ぶ日本の空、地形を確かめつつ、雲の下を飛行しました。ところが突然前方にまっ黒い山が現れ、ジャピー氏はとっさに上昇を試みましたが間に合わず、機体はそのまま脊振山に激突しました。時刻はジャピー氏所持の時計から午後4時20分と推定され、パリを飛び立ってからの総所要時間は75時間44分でした。やがてジャピー氏は消防団員の手によって、8時間にも及ぶ難作業ののち救出されましたが、この奇跡的生還は団員の献身的活動に因るとして、全世界に報道され、感謝と称賛の声を浴びました。ジャピー氏はその後、九州大学病院などで療養し、翌年3月帰国に当たり、お別れに脊振村を訪れ『必ず再挙します。そのときは脊振山のはるか上空を飛び、二度と皆さんに迷惑をかけません』とお礼を述べ、村人から盛大な祝福と激励を受けて帰国しました。後にフランス政府は、失敗したとは言え驚異的なハノイまでの飛行記録を、国際公認記録と認め、勲章を贈ってこれを称えました。その後第2次世界大戦の勃発で再挙は実現せず、故国で70歳の生涯を終えました。脊振山での遭難は氏が32歳のときでした。なお脊振山はこれを機に、関東の箱根、中部の鈴鹿と並び、空の3大難所と呼ばれ、山頂に気象観測所が設置されました。この遭難碑は、当時救助に当たった人たちが、氏の偉業を偲んで建立されました。これは日仏親善の大きな証しであり、人間愛の尊さと優しさは、永遠に語り継がれて行くことでしょう。航空ジャーナリスト協会々員 井田 博

ジャピー氏遭難についてはこれまで詳しい経緯を知らなかったため、脊振村でのお別れの言葉を含め、

非常に興味深い内容でした。 

そして気になったのが、「入国指定の長崎・野母崎上空に達したとき」という一文。

「ここから入国されたし」という指定空域があったのですね。

これが交信施設の都合によるものなのか、元々この飛行コースが設定されているからなのか、

はたまた防衛上の都合によるものなのかそれ以外なのか知る由もないのですが。

 

無題9.png

説明版からジャピー氏の飛行経路をたどってみました。

ハノイ→香港と経由して、中国大陸沿いに北上し、上海のあたりで東シナ海に出て長崎の野母崎に向かったのですから、

多分こんな感じかと。 

もしかしたら香港から上海までの飛行コースは、もっと東寄りで海岸沿いを飛んだのかも。

 

無題0.png

入国指定の長崎県野母崎から燃料不足のため予定変更して雁の巣飛行場へ-

ジャピー氏の飛びたかったポイントを線で結ぶとこうなります。

墜落してしまった脊振山は飛行コースから少し東にズレてますね。

説明版によりますと、野母崎から雁の巣まで、雲の下に出て地形を確かめながら飛んだとあります。

これはまったくオイラの推測なのですが、地形の確認がやりやすいように、直線コースより意図的に東側に進路をとり、

有明海の海岸線の形を照合しながら飛んだのかもしれません。

それにしても遥々パリからやって来て、九州までやって来たところでの事故ですから、本当に惜しいことをしたものです。

「百里の道は~」を地で行くような話ですね。

墜落したヒコーキはその後どうなったのかしらん。

 

ところで「パリ~東京間100時間飛行」といえば、

見事記録達成した「神風号亜欧連絡飛行」の記事(下記リンク参照)を以前書きました。

ジャピー氏が事故を起こしてしまったのが1936年11月。

ジャピー氏は帰国前、東京で飯沼飛行士らに会い、難所などルートの情報を伝えたのだそうです。

氏が帰国したのが1937年3月。

飯沼、塚越コンビが神風号で記録を達成したのは同1937年4月。

飯沼操縦士の著した「航空随想」には、パリに到着した際、

ジャピー氏の母親がお祝いに駆けつけ、歓迎してくれたことが記されています。

また、ジャピー氏は帰国の船上で快挙を知り祝電を打ったのだそうです。

パイロット同士の素晴らしい交友ですね。

 

ジャピー氏遭難碑:map 


      佐賀県・ジャピー氏遭難碑      

ジャピー氏遭難碑 データ

所在地:佐賀県‎神埼市‎脊振町服巻‎
座 標:N33°25′55″E130°22′09″
*座標はグーグルアースにて算出

沿革
1936年11月 15日 パリ出発
          19日 脊振山に墜落
1937年3月  静養の後帰国
     4月  飯沼、塚越コンビが神風号で記録達成

関連サイト:
ブログ内関連記事    


コメント(4)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

コメント 4

 マー坊

 脊振ふれあい館に機体の一部が展示されている、そうです。

  なおS11.5まで大刀洗飛行場を民間も使用していました。
 格納庫は飛行隊の西側で航空廠の南側にありました。

by  マー坊 (2013-11-07 11:51) 

まさ

お久しぶりです^^;
元県民としていくつか補足を・・・。

この辺りは以前(今でも?)ズーベット山と呼ばれてていて、地図にもそのように表記されていました。
名前の由来は「ズーベットさんが操縦する飛行機が墜落したから」ということだったんですが、
いつの間にかジャピーさんが墜落したことになってました。
ズーベットとはどっかの言葉で「乱気流」だとか・・・。

ズーベット山については、Google先生がもっと詳しく教えてくれると思いますよ^^
by まさ (2013-11-07 22:03) 

ジョルノ飛曹長

当時の機体で霧中飛行は自殺行為ですもんねー。
よくこの人生きていましたよね。^^
by ジョルノ飛曹長 (2013-11-07 23:39) 

とり

皆様 コメント、nice! ありがとうございます。m(_ _)m

■マー坊さん
情報ありがとうございました。

■まささん
お久しぶりです。
>ズーベット山
それだけここは古くから難所として知られていたということなのでしょうね。
地元民ならではの非常に興味深いお話、どうもありがとうございました。
ちょっとGoogle先生のところに行ってくる!=(⊃゜Д゜)⊃
後日記事に反映させて頂きます。m(_ _)m

■ジョルノ飛曹長さん
目隠しして車運転するようなものですからね~。
翌年無事帰国できて幸いでした。
by とり (2013-11-08 05:25) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この記事のトラックバックURL: