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岡山県・勢力河原の陸軍飛行場跡地 [├国内の空港、飛行場]

  2017年5月 訪問 




無題2.png
1948年3月(USA R32-1 74)  
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)

岡山県赤磐市勢力。

吉井川の河原に陸軍飛行場が建設されました。

現在のところ正式名称が不明のため、「勢力河原の陸軍飛行場」というのは便宜的なものです。

ご了承くださいませ。

熊山町史 通史編(下巻)の中で、

勢力河原にグライダー滑空場設置の計画があったこと、

その場所に今度は陸軍戦闘機の本土決戦用特攻準備基地が建設されたこと、

吉井川の岸辺に沿うて幅約一〇〇メートル、長さ約一〇〇〇メートルであったこと、

地元の方も大勢作業に従事し、米軍に察知されないようにしながらの作業は大変な苦労であったこと、

等記されています。

8月上旬飛行場はほぼ完成し、状況観察のため陸軍小型戦闘機が飛来して着陸し、

飛行士(少佐)が降りて周囲の地形・山形をながめ、滑走路・掩体壕を確認して飛び去りました。

「ここの飛行場は安全で有効」というのがそのときの判定だったのだそうです。

結局それからすぐ終戦を迎えた訳ですが、

終戦直後、1機の零戦が着陸し、パイロットは持って来たガソリンで機体を焼却し、

熊山駅から汽車で立ち去るという一幕があったのだそうです。

以上、情報は再生おじさんから頂きました。

再生おじさんありがとうございましたm(_ _)m

上のマップは町史にある情報を元に作図しました。

おおよそこんな感じだったのではないかと。


DSC_0064.jpg



     岡山県・勢力河原の陸軍飛行場跡地      


勢力河原の陸軍飛行場 データ
設置管理者:陸軍
空港種別:秘匿飛行場
所在地:岡山県赤磐市勢力
座 標:N34°46′05″E134°05′40″
標 高:15m
滑走路:1,000mx100m?
方 位:03/21?
(座標、標高、方位はグーグルアースから)

沿革
1945年5月 松山の航空整備隊分遣隊を熊山村に置く
     8月上旬 飛行場ほぼ完成

関連サイト:
ブログ内関連記事       

この記事の資料:
熊山町史 通史編(下巻)

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岡山市内の滑走路跡地 [├国内の空港、飛行場]

  2017年5月 訪問 




無題6.png
1947年10月(USA R517-3 142) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)

岡山県岡山市内を走る国道250号線。

戦争末期の時期、ここが滑走路として設定されていました。

前記事「京橋不時着場」の南西300m足らずの所にあります。

正式名称不明のため、便宜的に「岡山市内の滑走路」としました。

ご了承くださいませ。

これまた前記事と全く同じ資料なんですが、岡山県史近代Ⅲ677pの中で、

「軍部は焦土となった岡山市の道路を利用して本土決戦のため軍用機の発着場を計画した。瓦町から大雲寺町に至る道路の北側を拡張して滑走路とし、別に京橋を戦闘機の不時着陸場にする計画である。七月一日から岡山県戦時緊急建設団の仕事として突貫作業が行われた。このとき、京橋の南側の石の欄干は柱頭をもがれてしまった。」

とあります。

この情報も盡忠報國さんから頂きました。

盡忠報國さんありがとうございましたm(_ _)m

瓦町から大雲寺町に至る道路」

とあるのですが、どちらも現在の町名としては残っていません。

瓦町は、中央町(昭和39年)、南中央町(昭和44年)に編入され、

大雲寺町の方は、昭和39,44,45年に中央町、南中央町、表町三丁目、東中央町に分割編入されました。

ということで、明確な滑走路の範囲は不明なのですが、

それぞれの住所から当時の航空写真と比較すると、「瓦町から大雲寺町に至る道路」とは、

上のグーグルマップ、航空写真に示した部分ではないかと思います。

「道路の北側を拡張して滑走路とし」とありますが、

航空写真で見ると、滑走路と思われる東端の部分、ここから東側の道幅が狭くなっているので、ここまでが

拡幅した部分と思います。

この部分、記述通り確かに道路の北側を拡張しているように見えます。

滑走路の西端については、実は上に示したのよりずっと先の方まで幅広の真っ直ぐな道が続いており、

囲った部分よりも先に伸びていた可能性がありますが、

町名から推測される範囲内でも690mあります。

以上、末期の時期に本土決戦に備え、急遽建設された岡山市内の2つの飛行場なのですが、

県史の中では、

瓦町から大雲寺町に至る道路→滑走路
京橋→不時着陸場

となっていて表現には微妙に差があり、本土決戦時にはこちらがメインで、

京橋はサブということなのだろうか。と思いました。

(個人の感想です)


DSC_0058.jpg



     岡山県・岡山市内の滑走路跡地      


岡山市内の滑走路 データ
空港種別:軍用滑走路
所在地:岡山県岡山市中央町、南中央町、東中央町、表町
座 標:N34°39′22″E133°55′35″
標 高:4m
滑走路:690m?
方 位:09/27
(座標、標高、滑走路長さ、方位はグーグルアースから)

沿革
1945年7月1日 着工

関連サイト:
ブログ内関連記事       

この記事の資料:
岡山県史近代Ⅲ(平成元年6月16日発行)

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岡山県・京橋不時着場跡地 [├国内の空港、飛行場]

  2017年5月 訪問 




無題3.png 
1947年10月当時の写真(USA R517-3 142)■ (「同意する」をクリック→戻る→再度■をクリック。) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)

岡山県岡山市。

路面電車の走る風情ある街並みと、南北に流れる旭川。

その川には県庁ほど近くに京橋が架かっています。

戦争末期の時期、この橋は戦闘機の不時着場として整備されていました。

岡山県史近代Ⅲ677pには、

「軍部は焦土となった岡山市の道路を利用して本土決戦のため軍用機の発着場を計画した。瓦町から大雲寺町に至る道路の北側を拡張して滑走路とし、別に京橋を戦闘機の不時着陸場にする計画である。七月一日から岡山県戦時緊急建設団の仕事として突貫作業が行われた。このとき、京橋の南側の石の欄干は柱頭をもがれてしまった。」

とありました。

この情報は盡忠報國さんから頂きました。

盡忠報國さんありがとうございましたm(_ _)m

上のグーグルマップは橋の部分を紫で囲ってみたものですが、これだと370m弱しかありません。

これだと短過ぎと思うんですが、その下の航空写真を見ての通りで、橋の両端は幅広の道が真っ直ぐ続いています。

真っ直ぐの部分いっぱいに使うと、約770mあります(ちょっと曲がってるけど)。

これだけあれば、なんとかなったのではないかと。


DSC_0052.jpg


DSC_0050.jpg


DSC_0053.jpg


DSC_0055.jpg




     岡山県・京橋不時着場跡地      


京橋不時着場 データ
空港種別:不時着場
所在地:岡山県岡山市中区西中島町
座 標:N34°39′28″E133°56′03″
標 高:5m
滑走路:370m?
方 位:10/28
(座標、標高、滑走路長さ、方位はグーグルアースから)

沿革
1945年7月1日 着工

関連サイト:
ブログ内関連記事       

この記事の資料:
岡山県史近代Ⅲ(平成元年6月16日発行)

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広島県・福山練兵場不時着場跡地 [├国内の空港、飛行場]

  2017年5月 訪問 




無題3.png
1948年3月(USA M816 75) 
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)

広島県福山市緑町。

緑町公園と、隣接する商業施設の広がるこの場所にかつて歩兵第四十一連隊兵営と福山陸軍練兵場がありました。

『平和を求めて』福山市人権平和資料館発行によりますと、

この練兵場には不時着場に指定されていたのだそうです。

この情報は盡忠報國さんから頂きました。盡忠報國さんありがとうございましたm(_ _)m


DSC_0001.jpg

不時着場に設定されていた福山練兵場跡。

現在一部がハローズになっています。


DSC_0032.jpg

第四十一連隊跡碑。

跡地は現在緑町公園と商業施設として整備されています。


DSC_0008.jpg

西門(上)と説明版(下)

DSC_0003.jpg



DSC_0049.jpg

陸軍病院跡地は現在JAになっています。


DSC_0026.jpg

記念碑

許可を頂いてJA敷地内側から撮らせて頂きました。




     広島県・福山練兵場不時着場跡地      


福山練兵場不時着場 データ
設置管理者:陸軍
空港種別:不時着陸場
所在地:広島県福山市緑町1丁目
座 標:N34°28′29″E133°22′19″
標 高:4m
(座標、標高はグーグルアースから)

関連サイト:
ブログ内関連記事       

この記事の資料:
『平和を求めて』福山市人権平和資料館発行

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オノミチフローティングポート [├国内の空港、飛行場]

  2017年5月 訪問 



広島県尾道市、瀬戸内海にある「オノミチフローティングポート」。

「せとうちSEAPLANES」が水陸両用機を運用しています。

もちろん国内唯一の、そして半世紀ぶりの水陸両用機の営業運航が、

広島市と岡山市のほぼ中間地点にある風光明媚な尾道市で行われています。

遊覧飛行、チャーター等に利用可。

50分間の遊覧飛行(SETOUCHI Discovery Flight)が設定されており、 

10:20発の1便から16:00発の7便まであり、大人32,000円(税込)。

また9月からは、日曜日のみの30分間(ショートコース)も設定されました。

10:00発 大人運賃 25,000円(税込) 

(2017年9月現在・平日料金・WEB割あり)

公式サイト内に注意点として、

「※出発は旅客桟橋を離れる時刻、帰着は遊覧を終えて旅客桟橋に戻る時刻を指します。 」

とちゃんと書いてありました。

今後の展開として、琵琶湖、関空での運航という構想があるのだそうです。

2016年8月に運航が始まったばかりですが、水陸両用機ならではの可能性を見せて欲しいです。


ブログ「(有)オールドマンの旅行代理店」 OLDMAN様からの頂きもの。

ありがとうございます!!m(_ _)m


DSC_0033.jpg

DSC_0036.jpg

裏面は「REMOVE BEFORE FLIHT」フラッグになってます。

超クール!

以下現地にお邪魔した際の様子。

到着したのが6時前と早い時間帯だったため、近寄ることができず外側から眺めるだけでした^^;


DSC_0269.jpg

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DSC_0277.jpg

米国Quest社 KODIAK100
最大巡航速度 300km/h
最大10座席
離陸水距離(高度15mに達するまで):水上710m/陸上460m
着陸水距離(高度15mから停止まで):水上930m/陸上620m



     広島県・オノミチフローティングポート      


オノミチフローティングポート データ
設置管理者:せとうちSEAPLANES
空港種別:水上機用飛行場
所在地:広島県尾道市浦崎町1364番地6
座 標:N34°23′27″E133°16′56″
標 高:0m
(座標、標高はグーグルアースから)

沿革
2014年
 11月 設立
2016年
 1月15日 事業許可取得
 8月 1日 遊覧飛行予約開始
  10日 航空運送事業開始 
2017
 2月 9日 広島空港に専用ラウンジ開設
 3月 24日 日赤と「災害時等における教護活動への相互協力に関する協定」を締結
  28日 大分県別府市沖にて離水滑走中機体損傷 

関連サイト:
公式サイト  
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